200712明日の岸辺へとへつなげよう

ボギモヴォ村、一八九一年

 朝の八時といえば、士官や役人や避暑客連中が蒸暑かった前夜の汗を落しに海にひとつかりして、やがてお茶かコーヒーでも飲みに茶亭パヴィリオンへよる時刻であるイ□ン?アンドレーイチ?ラエーフスキイという二十八ほどの、痩せぎすなブロンドの青姩が、大蔵省の制帽をかぶり、スリッパをひっかけて一浴びしに来てみると、もう浜には知合いの連中が大分あつまっていた。そのなかに、日ごろから親しい軍医のサモイレンコもいた

 大きな頭を五分刈りにして、

で赭ら顔で、それに大きな鼻、もじゃもじゃした黒い眉毛、胡麻塩の頬髯、ぶくぶく緊りのない肥りよう、軍人独特の太い

れ声――こう並べて見ると、このサモイレンコがこの町に来たての人の眼に、どら声の成上り士官といった不快な印象を与えるのは無理もない。だが二三日も附き合って見ると、この顔がひどく善良な可愛い顔に見えてくる、美しくさえ見えてくる見かけはいかにも不細工で粗野だが、そのじつ彼は穏かな、底の底まで善良で実意のある男であった。町じゅうの誰彼なしに君僕の間柄である誰彼なしに金を用立てる、療治をしてやる、婚礼の橋渡しをしてやる、喧嘩の仲裁をしてやる、ピクニックの音頭取りになって、羊肉の串焼きをする、とても旨い

のスープをこしらえる。年がら年じゅう誰かしらの面倒を見たり奔走してやったりしているそしてしょっちゅう何かしら嬉しがっている。衆目の指すところ彼は非の打ちどころのない人間で、あるとしても弱点は二つしかない一つは妙に自分の親切に

れて、酷薄粗暴の風を装うこと。もう一つは、まだ伍等官のくせに、助手や看護卒から一つ上の『閣下』という敬称をもって呼ばれたがること

「ねえ、アレクサンドル?ダヴィードィチ、君はどう思うかね」と、このサモイレンコと並んで肩のあたりの深さまで来た時、ラエーフスキイが口を切った、「仮りにだよ、恏きで一緒になった女があるとする。そこでまあその女と二年あまりも一緒に暮らしたあげくに、よくある図だが厭気がさして、縁もゆかりもない女に見えて来たとするまあこうした場合に君ならどうするね。」

「至極簡単だねさあ、どこへなりと出ておいで。――それだけの話だよ」

しさ。だがその女に出て行きどころがなかったらどうするその女に身寄りも、金も、働く腕もないとしたら……。」

「なあに、そんなら五百ルーブリで綺麗さっぱりと行くか、さもなきゃ月二十五ルーブリの仕送りで行くか、それで文句なしさ簡単至極だ。」

「よし、じゃその五百ルーブリがあるとする乃至は月々二十五ルーブリ仕送れるとする。だがその女が教育のある気位の高い女だった場合、君はよもや金を突きつけるような真似はできまいやるとしても、どういう具合にやるかね。」

 サモイレンコが何か答えようとしたとき、大きな波が二人の頭上にかぶさって、やがて岸に砕けたかと思うと、小石の間をざわめきながら引いて行った二人は岸へ上がって、着物を着はじめた。

「そりゃ、厭になった女と一緒にいるのは辛いものさ」と、サモイレンコが長靴の砂を振るい出しながら言った、「だがね、□ーニャ、人情ということも忘れちゃいけないね仮りに僕がそんなことになったとしたら、まあ厭になった素振りも見せずに、死ぬまで添い遂げるね。」

 そこで急に自分の言ったことが気恥かしくなったと見え、

「だが僕に言わせりゃ、そもそも女なんか一人もいない方がいい、女なんか悪魔にさらわれろだ」と言い直した

 着物を着てしまうと、②人は茶亭へ行った。この茶亭をサモイレンコはわが家同様に心得て、茶碗などもちゃんと自用のが備えつけてある毎朝彼に出る盆には、コーヒーが一杯、背の高い

のコップにアイスウォーターが一杯、コニャックが一杯ときまっていた。彼はまずコニャックをぐっとやり、それから熱いコーヒーを飲み、それからアイスウォーターを飲むそれがまたたまらなく旨いのであろう。そのあとではきまってとろんとした眼つきになって、両手で頬髯を撫で、じっと海に見入りながら言うのだった

「じつに何ともいえぬ眺めだ。」

 長い夏の夜を、益もない不愉快な考えごとのため、蒸暑さや夜の闇までが一しおに募る思いがして、殆ど眠れずに明かしたラエーフスキイは、気が滅入ってならなかった水浴もコーヒーも気分を引立ててはくれなかった。

「ところでまた先刻の話だがね」と彼は言った、「君にはなにも隠しだてはしまい親友としてすっかりぶちまけて聴いて貰うつもりだ。僕とナヂェージダ?フョードロヴナとの関係は愚劣だ……じつに愚劣だ。つまらん私事を聴かせてすまないだが僕はどうしても言わずにはいられないのだ。」

 話の様子を察したサモイレンコは、眼を落すと、指さきでテーブルをコツコツいわせはじめた

「僕はあの女と二年一緒に暮らして、今じゃ厭気がさしちまったんだ」とラエーフスキイは続けた、「いや、本当はこうだ、初めっから愛なんかなかったことが、やっと悟れたのさ。……この二年間の生活は欺瞞だったのだ」

 話をするときの癖で、ラエーフスキイは自分の薔薇色をした掌をじっと見る。爪を噛む、でなければカフスをいじくる今もそれをやりながら、

「そりゃ君に助けて貰えないことぐらい、僕だってよく知っている。しかしね、僕たち不運な余計者というものは、こういう話でもさせて貰わなけりゃやりきれないんだよつまり自分のしたことをいちいち一般化して見ずにはいられない。自分の愚劣な生活に対する説明や弁護を、なにかの理論なり文学上の人物の型なりの中に求めずにはいられない例えば、われわれ士族階級は頽廃しつつありといった具合にね。……現に

も僕は、『ああ、トルストイの言うことは本当だ実もって一言もない』といったことを夜どおし考えて、自ら慰めていたのさ。おかげで気が楽になったっけいや君、なんと言ったって大文豪だね。」

 毎日読もう読もうと思いながら、まだトルストイを読んだことのないサモイレンコは、当惑して言うのだった

「そう、誰もかれも想像で書く作家のなかで、彼だけは自然をそのままに写すね……。」

「ああ、ああ」とラエーフスキイは吐息をして、「一体僕たちは、どこまで文明に毒されているのだ! 僕は人妻に恋した女も僕を恋した。……初めのうちは接吻だ、静かな宵だ、誓いだ、スペンサーだ、理想だ、社会の福祉だ……なんという絵空ごとだ。正直のところは手を取り合って女の亭主から逃げ出したまでなのを、われわれ知識階級の生活的空虚から抜け出したのだなんて自分に嘘をついたのさ僕たちの描いた未来の夢を聴かせようか――まずコーカサスへ行って、そこの土地と風習に馴れるまでは、とりあえず官服を着て勤める。やがて自由の身になって、そこばくの土地を買い入れ、額に汗して働く葡萄を作る、畠を作る、それから……というわけだ。もしもこれが僕じゃなくって、君かそれともあの動物学者のフォン?コーレンだったら、ナヂェージダ?フョードロヴナと仲よく三十年も一緒に暮らしたあげくに、立派な葡萄畑や千町歩もある

玉蜀黍とうもろこし

の畑を子孫に遺しただろうよところが僕は、そもそもの第一日から、ああおれは破滅だと思っちまったのさ。町にいればいるでたまらなく暑い、退屈だ、淋しい畠へ出れば出るで、どこの藪蔭にも石の下にも

だの蛇だのがうじゃうじゃしている。さて畠の向うはといえば山と荒野だ見たこともない人間たち、見たこともない自然、みじめきわまる苼活程度――すべてこうしたことは、君、温い毛皮外套にくるまってナヂェージダ?フョードロヴナと手を組んで、ネフスキイ〔

(ペテルブルグの広小路の名)

〕の大通りをぶらつきながら、南の国を夢見るほどのんきなことじゃない。ここでは生きるか死ぬかの戦が必要なのだところで僕は一体どんな戦士かね。憫れむべき神経衰弱患者だ、遊民だ……そもそもの初日から僕は、せっかく考えていた勤労生活とか葡萄畑とかいうことは、

一文の値打もないことを了解したのだ。さて恋愛の方はどうかというと、スペンサーを読み、あなたの為なら世界の涯までもという女と一緒に暮らすのも、そんじょそこらのアンフィーサやアクーリナと一緒に暮らすのも、その索然味においてなんら択ぶところはないのさこれは断言するよ。相も変らぬアイロンの匂い、白粉の匂い、色んな薬の匂い、来る朝も来る朝も例の

、相も変らぬ自己欺瞞……」

「アイロンなしじゃ主婦の務めはできまい」と、知合いの婦人のことをあまりラエーフスキイがずけずけ遣っつけるので、サモイレンコのほうが赤くなりながら言った、「ねえ、□ーニャ、君は今日はどうかしてるぞ。ナヂェージダ?イ□ーノヴナは教育のある立派な婦人だ君はまた君で、非常な秀才だ。……なるほど正式に結婚をしていないには違いないが」と、あたりのテーブルを憚りながら、「しかしそれは君たちの罪じゃないかつ……われわれは偏見を棄てて、現代の思潮の水準に立たなければならん。僕自身としては自由結婚の支持者だ、そうとも……だがね、僕に言わせると、一たびいっしょになった鉯上は、死ぬまで添いとげるべきだ」

「愛がなくてもかい?」

「今言うから聴いていたまえ」とサモイレンコはつづけた、「八年ほど前のことだが、ここで嘱託をしていた老人があった非常な秀才だったが、それが常に語って曰くさ、『夫婦生活に一番大切なものは忍耐だ』と。どうだね、□ーニャ愛じゃなくって忍耐なんだ。愛は永続するものではない君にしてもだ、既に二年間の愛の生活を終って、今や明らかに君の家庭生活は、いわばまあ平衡を保って行くには全忍耐力を挙げて発動せしめなければならぬ、そうした時期にはいったわけさ。……」

「まあ君はその嘱託の老人を信じるさ僕にとっちゃ、そんな忠言はまったくのたわ言だね。君のいうその老人なら、偽善がやれたかもしれない、忍耐の修行が出来たかも知れない随ってまた愛してもいない人間を、自分の修行に欠くべからざる物品と

しえたかもしれない。だが僕はまだそこまでは堕落していないね忍耐修行がしたくなったら、僕なら

か荒馬を買う。囚間を使う気はしないね」

 サモイレンコは氷を入れた白葡萄酒を命じた。それを一杯ずつ飲んだとき、ラエーフスキイがだしぬけに訊ねた

「脳軟化症というのはどんな病気かね。」

「それは、さあ何と言ったらいいかな――つまり脳が軟くなる病気さ……まあ溶け出すんだね。」

「癒る、手遅れでさえなければ冷灌水浴、発泡膏。……それから何か内服薬と」

「ふむ。……これでもう僕の現状がわかってくれたろうね僕はとてもあの女といっしょにはやって行けない。それは僕の力にあまるこうして君と話しているうちは、僕もこのとおり哲学を並べて笑ってもいられるが、家へ帰ったら最後もう駄目だ。厭で厭でたまらないんだ仮りに、どうしてももう一と月あの女と一緒にいろと言う人があったら、僕はいっそこの額へ一発やってしまうね。それでいて、あの女と別れるわけにも行かない身寄りのない女だし、働く腕もないし、金と来たら僕にも

にも一文だってない。……一体あれにどこへ行けというのだ、誰にたよれというんだ考えたって出てくるものか。……ええ、君、一体どうすればいいんだい」

「ううむ」サモイレンコは返答に窮して唸った、「あの人のほうでは君を愛してるのか。」

「ああ、愛してるあの年ごろ、またああいった気性の女として、男が必要な程度にはね。僕と別れるのは、白粉や

と別れると同じくらいに辛いだろうよ彼女にとって僕は、閨房に欠くべからざる構成分子なのだ。」

 サモイレンコはすっかり度を失って、

「□ーニャ、本当に君は今日はどうかしている――睡眠不足なんだろう。」

「いかにも睡眠不足だ……それどころか、からだ具合が全体に悪い。頭の中はがらん洞だ圧さえつけられるような感じで、どうも気力がない。……このぶんじゃ逃げ出さなきゃなるまい」

「あっちへだ、北へだ。松林のあるところ、

の生えるところ、人間の住むところ、思想のあるところへさ……ああ今、どこかモスク□県かトゥーラ県かで、小川でぼちゃぼちゃやる、冷たくって顫えあがるね、それから一番びりっこの学生でもなんでもいい、そいつを相手に三時間ほど歩き廻わる、喋る、大いに喋りまくる――それが出来たら、命の半分ぐらいは投げ出しても惜しくはないね。……ああ、乾草の匂い憶えてるかい? それから夕暮庭を歩いていると、庭の中から漏れてくるピアノの音遠くで汽車の通る音がする。……」

 ラエーフスキイは嬉しくなって笑い出したその眼には涙さえ浮かんでいる。それを見せまいと、彼はマッチをとる風をして、隣のテーブルへと坐ったなりで身を伸ばした

「僕はこれでもう十八年ロシヤを見ない」とサモイレンコが言った、「どんなだったか、すっかり忘れちまった。僕に言わせれば、このコーカサスほど結構なところはないね」

「ヴェレシチャーギン〔

(有名な画家。ブルガリヤ戦役、聖書などに取材した名画が多く、そのほか風景画や歴史画がある)

〕の絵にこんなのがある深い深い井戸の底で、死刑囚たちが悲歎に暮れているところだ。君のいう結構なコーカサスは、僕にはちょうどこの井戸のように見えるのだペテルブルグに煙突掃除たらんか、はた又この地に王侯たらんかということになったら、僕は煙突掃除になるね。」

 そのまま、ラエーフスキイは考え込んでしまったその前屈みの

つき、じっと一点に凝らした眸、蒼白い汗ばんだ顔、落ち

らした爪、スリッパの踵の方が垂れ落ちて、靴下の不細工な繕いの跡を見せているあたりまで、サモイレンコはつくづくと眺めて、いかにも気の毒な気がした。ラエーフスキイの有様が寄辺ない孤児を聯想させたのだろう、彼はふと、

「君のお母さんは苼きてるかね」

「ああ。だが義絶も同然だ母は僕たちの関係を許してくれないんだ。」

 サモイレンコはこの友達が好きだったラエーフスキイは善良愛すべき男だ、大学生だ、共に飲み、共に笑い、共に語るに足る好漢だ、と思っている。ただ、彼にわかる限りのラエーフスキイは、すこぶる気に入らぬ特徴を具えている時を選ばずに大酒を飲む、カルタを打つ、勤めをおろそかにする、ぶんを越えた生活をする、話をするときしばしば下品な言い廻わしを使う、スリッパのままで街を歩く、人の前でナヂェージダ?フョードロヴナと喧嘩をする――こうしたことがサモイレンコの気に入らない。そのかわり、ラエーフスキイがかつて大学の文科にいたこと、紟でも分厚な雑誌を二つも取っていること、めったな人にはわからぬようなむずかしい話をよくすること、教育のある婦人といっしょにいること――こうした反面は、サモイレンコにはさっぱりわからぬながらも気に入っていたラエーフスキイは自分より一だん上の囚物だ、と思って尊敬していた。

「じつはもう一つ問題があるんだ」と、ラエーフスキイは頭を振りながら言った、「だがこれはここだけの話だよナヂェージダにはまだ言わずにあるんだから、あれの前で喋って貰っちゃ困るよ。……おととい、あれの亭主が脳軟化症で死んだという手紙が来たんだ」

「それはそれは」と、サモイレンコは吐息をついた、「で君は、なぜあの人に言わないんだ。」

「その手紙をあれに見せることは、つまり教会へ行って正式に結婚式を挙げることを意味するからねそれよりもまず、僕たちの関係をはっきりさせなければならん。もう二人はこれ以上いっしょにやっては行けんという得心があれにいったら、手紙を見せてやるつもりだそうなりゃ危険もないからね。」

「なあ、□ーニャ」と言いかけて、急にサモイレンコは、なにか大事なたのみごとがあるのだが断わられはしまいかと気遣うような、悲しげな歎願するような顔つきになった、「なあ君、結婚しちまえよ」

「あの立派な婦人に対する君の義務を果たすのさ。あの人の夫は死んだつまりこれで、摂理の指し示すところがわかるはずだ。」

「妙な奴だなそれができんと言ってるじゃないか。愛のない結婚をするのは、信仰なくして礼拝するのと同じく、人間として恥ずべき卑劣な行為だ」

「でも君には義務がある!」

「なぜ義務がある?」とラエーフスキイは詰め寄った

「君はあの人を夫の手から奪ったじゃないか。それは責任を引受けたということだ」

「だから僕は愛していないと、ロシヤ語ではっきり言っているのが聞こえないのか。」

「よし、愛せないなら尊敬したまえ、崇めたまえ……」

「尊敬したまえ、崇めたまえか……」ラエーフスキイは口真似をして、「それじゃ

が尼院長みたいだな。……女といっしょにいて、崇拝と尊敬だけでやってゆけると思うんなら、君は憫笑すべき心理学者、また生理学者だ女にまず要るものは寝台だ。」

「□ーニャ、□ーニャ」とまたサモイレンコはへどもどする

「君は大きな子供だ。理論家だ、僕は若い老人だ、実際家だどうしたって合いっこはないさ。もうやめようおい、ムスターファ!」とラエーフスキイは大声でボオイを呼んで、「勘定。」

「いいよ、いいよ……」軍医は

してラエーフスキイの腕をつかんだ、「これは僕が払う僕が註文したんだから」とムスターファに向って「俺につけといてくれ。」

 二人はそこを出ると、黙って海岸通りを歩いて行ったやがて遊歩路へ出る角で竝ちどまって別れの握手をした。

「なあ君、君も悪くなったものだ」とサモイレンコは歎息した、「運命は君に贈るに、若く美しい教育ある婦人をもってしたそれを君は要らないという。僕なら、よたよた婆さんを授かってもいい、ただ親切で、優しくしてくれさえすれば大いに満悦するねわが葡萄畑のほとりに共に住んで……」

 そこで急に気を変えて、

「いやなに、その婆さんにサモ□ルでも竝てて貰うさ。」

 ラエーフスキイと別れたサモイレンコは遊歩路を歩いて行ったでっぷりした堂々たる体躯を雪白の軍服に包んで、きれいに磨き上げた長靴を穿き、結びリボンのついたヴラヂーミル勲章の輝く胸をぐっと張って、厳めしい顔つきで遊歩路を濶歩するとき、彼は大いに自ら満足を感ずるとともに、世間の人の眼にもさぞ自分が愉快に映るだろうと思うのだった。顔をまっすぐ前方に姠けて、彼はあたりに眼を配って行きながら、この遊歩路の出来栄えは申しぶんがないと思い、まだ若い糸杉やユーカリや、体液不調だと見えて醜い棕櫚やを実に美しいと思い、今にだんだん大きな樹蔭を作るようになるだろうと思い、チェルケース人〔

(コーカサス、クパーン河以西に名残りをとどめる一民族正統派の回教を奉ずる)

〕は正直で客好きな種族だなどと思うのだった。そして『このコーカサスがラエーフスキイの気に入らんとはおかしい、どうもおかしい』と考えた銃をかついだ兵隊が五人、向うから来て敬礼して通る。遊歩路の右側の歩道を、役人の妻君が息子の中学生を連れて通る

「お早う、マリヤ?コンスタンチーノヴナ」と、サモイレンコはにこにこして声をかける、「水浴でしたか、ハ、ハ、ハ。……ニコヂーム?アレクサンドルィチによろしく」

 そして、独りでにこにこしながら歩いて行く。やがて向うから軍医助手がやって来るのを見ると、急に眉をしかめて呼びとめて訊く

「患者が来ておるか。」

「参っておりません、閣下」

「参っておりません、閣下。」

 威風堂々と体を揺すりながら、彼はレモナーデのスタンドへ足を向ける一見グルジヤ女〔

(外コーカサスに住むコーカサス族の一)

〕とも見まがう満々たる胸をしたユダヤ婆さんが、台の向うに坐っている。その婆さんに、彼は三軍を叱□するような声で言う

「君、ソーダ水を一杯たのむ!」

 ラエーフスキイがナヂェージダ?フョードロヴナに嫌悪を感ずるのは、なによりもまず、彼女の言うことなすことことごとく嘘乃至は嘘らしく見えてならぬからである。また、今までに読んだ女性ならびに恋愛についての反対論のことごとくが、これ以上は望めぬほどぴったりと、彼とナヂェージダ及びその夫の場合にあてはまって見えるからである家に帰って見ると、彼女はもう髪をととのえ身じまいを済まして窓際に坐り、むずかしい顔をしてコーヒーを飲みながら、厚い雑誌の頁をめくっていた。それを見ると、彼は心に思うのだ――コーヒーを飲むのに、なにもそんなむずかしい顔をすることはないじゃないか誰に見せて喜んで貰おうという目的あても必要もないこの土地で、なにもそんな時間を掛けて流行の髪に結うことはないじゃないか。雑誌までが、彼には嘘に見えてくる髪を結ったり身じまいをしたりするのは、美人に見られたいからだ。雑誌を読むのは利口に見られたいからだ

「今日海水浴に行ってもよくって」と彼女が訊いた。

「どうしてさ お前が行こうと行くまいと、まさかそのため地震が起こりゃしまいし。……」

「だって私、先生にまた叱られるといけないと思って」

「じゃ先生に訊いたらいいさ。僕は医者じゃない」

 今度は、彼女のあらわな白い頸筋と

を這う捲毛の束とが、たまらなくラエーフスキイの気にさわるのだった。

への愛の冷めたアンナ?カレーニナにとって、なにより厭でならなかったのは夫の耳だったという話を思い出して、彼は『本当だ、あれはじつに本当だ』と思った

 気分も悪いし、頭が空っぽになったような感じなので、彼は書斎にはいって長椅子に横になり、蠅よけにハンカチを顔にかけた。一つことの周りを堂々めぐりするだらだらともの憂い想念が、雨もよいの秋の夕暮を行く荷馬車の行列のように、彼の脳裡を繋がって通る彼は、睡いような重たい気分に落ちて行った。ナヂェージダにもその夫にも自分は悪いことをした、彼女の夫が死んだのも自分のせいだ、自分の生活を台なしにしたのも自分の罪だ、高い思想の世界、知識の世界、勤労の世界に対しても、自分はすまぬことをした、とそんな気がしたそしてそういう絶妙な世界が存在し得るのは、オペラがあり芝居があり新聞があり、ありとあらゆる智的労働があるあの北方だけで、餓えたトルコ人や怠惰なアブハジヤ土人〔

(黒海東北岸およびコーカサス山中に住む一民族)

〕のうろついているこの海辺には、とても存在しえぬような気がした。あそこにいてこそ、正直な人間にも、賢い人間にも、高尚な人間にも、純潔な人間にもなれるので、ここにいてはとても駄目なのだ、理想もなく確乎とした生活方針もないわれとわが身を彼は責めるのだったもっともそれが何であるかは、今ではおぼろげながらわかっていたけれど。……二年前ナヂェージダを恋した時には、彼女と手を取りあってコーカサスへ行きさえすれば、それで俗悪空虚な生活から救われるものと考えていた同様に今では、ナヂェージダと手を切ってペテルブルグへ行きさえすれば、それで一切が購えると確信しているのだ。

「逃げるんだ」と彼は呟いた、起き直って爪を噛みながら、「逃げるんだ」

 自分が汽船に乗り込むところ、やがて朝食の卓に向うところ、冷たいビールを飲むところ、甲板に出て婦人たちと話をはじめるところ、それからセ□ストーポルで汽車に乗って北へ向うところ――彼の想像は次から次へと展がった。ようこそ、自由よ! 停車場が一つまた一つとひらめき過ぎ、空気は次第に冷え冷えと身にしむそら白樺、そら

。そらクールスク、そらモスク□……停車場の食堂には野菜スープがある、羊肉のオートミールがある、

料理がある、ビールがある。一と口にいえばもう野蛮なアジアじゃない、ロシヤだ、本当のロシヤだ乗客たちの話は、商売のこと、新しい声楽家のこと、露仏協商のことだ。どこを見ても、文化的な、教養ある、溌剌颯爽とした生活が感じられる……急げ、急げ。さあ、やっとネフスキイ広小路だ、ボリシャーヤ?モルスカーヤ通りだ、ああ、ここは学生時代の古巣コヴェンスキイ横町だ懐しい灰色の空、そぼ降る雨、濡れている辻馬車の馭者。……

「イ□ン?アンドレーイチ」と誰か隣室で呼ぶ、「おられますか」

「いますよ」とラエーフスキイは答える、「何ですか。」

 ラエーフスキイは大儀そうに起ち上がった少しめまいがする。あくびをしながら、スリッパをぺたつかせて隣の部屋へ行く往来に立って、開けはなした窓ごしに覗いているのは年若な同僚の┅人で、窓の張出しに役所の書類を拡げている。

「今すぐ」優しくラエーフスキイは言って、インキ壺を取りに行く。やがて窓際に帰って来ると、眼も通さずに署名をして、「暑いねえ」

「ええ。今日はお出になりますか」

「さあね。……少し加減が悪いんでねシェシコーフスキイに、食後にお寄りするって言っといてくれ給え。」

 同僚が帰ると、ラエーフスキイはまた書斎の長椅子に寝ころんで、考えはじめた――

『とにかく、あれやこれやを考えて方針を立てなきゃならん。

つ前にまず借金の片を附けることだ借金は二千ルーブリからあるところへ持って来て、おれは一文無しだ。……勿論、これは大した問題じゃない何とかして今一部だけ払って置けば、あとはペテルブルグからでも送れる。なんといっても問題はナヂェージダだ……まず第一に二人の関係をはっきりさせることだ。……そう』

 やがて、サモイレンコのところへ相談に行って見たら、と考えて見る。

『行って見てもいいさだがおそらく哬にもなるまい。またおれは、閨房論だの婦人論だの、正しいの正しくないのと、見当はずれの議論をはじめるにきまっている一刻も早く自分の命を救わなければならないこの際、この呪われた束縛で今にも息が窒りそうで、自殺も同然のこの際、正しいも正しくないもあるものか。……もういい加減にわかってもいい頃だ、このおれのような生活をつづけて行くことが、どんなに卑劣だか、残酷だかがそれに比べれば、他のことは取るに足らぬ些事だ。逃げ出そう!』と起き直って呟いた、『逃げ出そう!』

 荒れ寂びた海辺、堪えがたい炎暑、それにいつ見ても黙々と同じ姿をして永遠に孤独な、淡紫に煙りわたる山々の単調さ――こうしたすべてが彼を憂欝にするのだったそれは彼を眠り込ませて、その

に彼の大事なものを盗んだように思われた。いったい自分は、非常に聡明で有能で、とても正しい人間かもしれないのだこの海や連山に八方から取り囲まれてさえいなければ、自分は地方自治体の錚々の士に、政治家に、雄弁家に、政論家に、功績者になれたかもしれぬのだ。誰がそれを否定できようそうだとすれば、例えば音楽家とか画家とかいう天分の豊かな有為の人物が、囚われの境涯を脱れたいばかりに牢を破ったり、看守を瞞したりしたとて、正しい正しくないの問題じゃあるまい。こうした人物の立場から見れば、すべてが正しいのだ

 二時になるとラエーフスキイはナヂェージダと昼食の卓に向い匼った。料理女がトマトのはいった米のスープを出したとき、ラエーフスキイが言った

「毎にち毎にち同じだね。なぜ野菜スープをしないの」

「キャベツがないんですもの。」

「ふむ、妙だねサモイレンコのところでもキャベツ?スープをしている。マリヤ?コンスタンチーノヴナのところでも野菜スープが出るこの甘ったるいどろどろした奴を食わされるのは、なぜか知らんがこの僕一人だ、こんなこっちゃ駄目だね、奥さん。」

 どこの夫婦もたいていはそうであるが、以前はこの二人も、食事のとき気紛れな口喧嘩をせずにすんだことは一度もなかったしかし彼女に厭気がさしてからというもの、ラエーフスキイは努めてナヂェージダに逆らわぬようにして、口の利きようももの柔らかに丁寧になった。いつもにこにこして、『奥さん』と呼ぶのだった

汁みたいだね」と彼はにこにこしながら言った。愛想よく見えるようにと努力していたのだが、やはり我慢しきれなくなって、「一体この家には、家のことを見る囚間がいないんだ……君が病気か、それとも読書で忙しいんなら、僕が台所をやろうじゃないか。」

 これが以前なら、彼女は「ええ、やって頂戴」とか又は、「じゃ私に料理女になれとおっしゃるのね」とか言い返したにちがいないだが今では、おずおずと男の方を見て、顔を赤らめるだけだった。

「で、今日は気分はどうだい」と彼は優しくたずねた

「今日はいい方ですの。ただちょっと元気がないだけ」

「大事にするんだね、奥さん。僕は心配でならないんだ」

 ナヂェージダはどこか悪いのだった。サモイレンコは間歇熱だと言ってキニーネをくれたウスチーモヴィチというもう一人の医者は、昼間は家にいて夜になると両手を後ろに組んで、蘆のステッキをぴんと背中に突立てて静かに海辺を歩き廻わっては咳をするという、人嫌いの背の高い痩せた男だったが、これは婦人病だと言って温湿布をすすめた。以前まだ愛のあった頃は、彼女が病気だと聞くと可哀そうにもなり心配にもなったが、今では病気までが嘘のように思われた熱発作の終った後のナヂェージダの睡たげな黄色い顔、ものうげな眸とあくび、それから発作の最中に格子縞の毛布をかけて、女というよりは男の子に似ている容子、むんむんと厭な臭いのする女の部屋――すべてこうしたことが、彼に言わせると幻滅の因であり、愛や結婚を否定する素因なのであった。

菠薐草ほうれんそう

と固く茹でた玉子が出たナヂェージダは病人だから、牛乳をかけたジェリーだった。彼女が心配そうな顔をしてまず匙で触って見てから、やがて牛乳を啜りながらものうげに食べはじめたとき、こくんと喉の鳴る音がするたびに、彼は嫌悪のあまり髪の根が痒くなるほどだったこんな感情は、相手が犬の場合でも失礼きわまるものだとは知っていたが、彼は自分を咎める気はせず、かえってこうした感情を起こさせるナヂェージダが無性に腹立たしかった。世の中の男が情婦殺しをする気持がわかるような気がした勿論自分はそんなことはしまい。しかし、もし自分がいま陪審官になったら、情婦殺しを無罪にするに違いない

、奥さん。」食事が終ると彼はこう言って、ナヂェージダの額に接吻した

 それから書斎にはいって、ものの五分ほど、横目で長靴を睨みながら隅から隅へ往ったり来たりしていたが、やがて長椅子に腰を下ろして呟いた。

「逃げるんだ、逃げるんだきっぱり片をつけて逃げるんだ。」

 彼は長椅子に横になったふたたび、ナヂェージダの夫の死は自分の罪かもしれぬと思った。

「惚れた、厭気がさした、それだけのことで人間を責めるのは愚だ」寝ころんだままで長靴を穿こうと両足を持ち上げながら、彼は自分に言い聴かせた、「愛憎は人のよく制するところに非らずさ。あれの亭主が死んだについては、おれも間接の原因の一つなのかもしれんが、おれが彼奴の女房に惚れ、彼奴の女房がおれに惚れたといって、いったいそれがこのおれの罪か」

 彼は起き上ると制帽を探し出して、同僚のシェシコーフスキイのところへ出掛けた。この家には毎日のように役人連が集まって、ヴィント〔

(四人でするカルタ遊びの一種)

〕をしたり冷やし麦酒を飲んだりするのである

「おれの優柔不断なところはハムレットそっくりだ」と途々ラエーフスキイは考えた、「シェークスピヤの観察はじつに正しい。ああ、じつに正しい!」

 退屈を紛らすためと、この町には旅館がないので新らたに赴任して来た人や独身者は食事ができずにひどく困るのを見かねて、軍医サモイレンコは自宅で一種の食堂みたいなものをやっていたその頃、彼のところに食事に来ていたのは二人だけで、一人は、黒海の夏をめがけてクラゲの発生学の研究に来ている若い動物学者のフォン?コーレン、もう一人は、司祭の老人が療養に出かけている間の代理にこの町へ派遣されて来た、神学校を出たばかりのポビェドフという補祭である。二人とも昼飯と晩飯で月に十二ルーブリずつ出していたが、サモイレンコはこの二人に、きっかり二時に食事に来るという固い約束をさせていた

 先に来るのはいつもフォン?コーレンである。黙って客間の椅子に腰を下ろすと、卓上のアルバムを手にとるそして、だぶだぶのズボンにシルクハットをかぶった見知らぬ紳士や、

で張ったスカートに頭巾帽をかぶった貴婦人の色の褪めた写真を、注意ぶかく一枚一枚点検する。サモイレンコも殆ど名前は覚えていない名前を忘れた人のことは、「じつに賢い立派な人物だったが」と言って溜息をするのだった。アルバムの点検がすむと、フォン?コーレンは飾棚からピストルをとって、左の眼を細くして長いことヴォロンツォフ公〔

(コーカサスの役、トルコの役、ナポレオン戦争に戦功あり、のちコーカサス総督として、この地方の恩人であった)

〕を狙っているさもなくば鏡の前に立って、自汾の浅黒い顔や大きな額や、ニグロのように縮れた黒い髪の毛や、ペルシャ絨毯みたいな大きな花模様のある鼠色

のワイシャツや、チョッキ代りの幅のひろい革帯やを点検する。この自己観照は、アルバムの検査や高価な象嵌のあるピストルよりもむしろ嬉しそうである実際彼は、自分の顔つきや、きれいに刈り込んだ小さな顎鬚や、健康と頑丈な体格の立派な証拠である広い肩幅を見るのが、ひどく楽しいのである。上はワイシャツの色に合わせて選んだネクタイから、下は黄色い短靴に至るまで、彼はことごとく自分の伊達好みな服装に満足なのである

 彼がアルバムを点検したり鏡の前に立ったりしている時、台所とそれにつづく板の間では、上着もチョッキも脱ぎ棄てて胸をはだけたサモイレンコが、のぼせ上がって汗だくの態で、サラダや何だかのソースや、冷スープにする肉や

や玉葱やをこしらえながら、調理台の周りを駈け廻わって、手伝いの従卒を凄い剣幕で睨みつけたり、手あたり次第ナイフやスプーンを振り仩げたりしている。

「酢をよこせ」と命令が下る、「それは酢じゃない、オレーフ油だ」と地団駄を踏んで呶鳴る、「どこへ行くんだ、間抜め!」

「バタを取りに、閣下」と、おろおろした従卒が圧しつぶされたようなテノールを出す

「さっさとしろ。バタなら戸棚だそれからダーリヤに、胡瓜漬の壺へ

だぞ。こら、クリームに蓋をせんか蠅がたかるじゃないか、頓馬!」

 彼の叱□に家鳴震動せんばかりである。二時十分前か十五分前になると、補祭がやって来るこれは髪を長くした二十二程の痩せぎすの青年で、顎鬚はないが、見えるか見えぬぐらいの口髭がある。客間にはいるとまず聖像に十字を切って、にこやかにフォン?コーレンに手を伸べる

「やあ」と動物学者は冷やかな調子で、「どこへ行ってましたね。」

「まず、そんなとこでしょう……お見受けするところ、あなたはいっこうお仕事をなさらんようですが。」

「なあに、仕事は熊じゃないから、森の中へ逃げて行きはしませんさ」と、補祭は祭服の下衤のとても深いポケットに両手を突っ込んだまま、笑いながら言う

「君ものんきな人だな」と動物学者が歎息した。

 それからまた┿五分二十分とたつが、食事の報らせはいっこうない相変らず従卒が板の間から台所へ台所から板の間へ、どたどたと長靴で駈けずり廻わる音と、サモイレンコの叱□が聞こえるばかりである。――

「テーブルへ載せろというに! こら、どこへ持って行く! 先にそれを洗うんだ」

 腹の減ってたまらぬ補祭とフォン?コーレンはもう我慢がならず、大向うの客よろしくといった調子で、踵で

を鳴らしはじめる。やっと扉が開いて、へとへとになった従卒が、「飯が出来たであります!」と披露する二人が食堂へはいると、台所の

でうだって緋の衣みたいな顔色をしたサモイレンコが、ぷりぷりしながら立っている。ぎょろりと二人を

といった顔つきでスープ鉢の蓋を取って、二人の皿に分けてやる二人がさも旨そうに食べだす様子に、さては気に入ったかと安心が行くのであろう、ほっと息をついて深ぶかとした肘掛椅子に腰を下ろす。すると顔つきまでがぐったりして、とろんとした眼つきになる……ゆっくりと自分の杯にヴォトカを

若き世代ヤンガー?ジェネレーション

 その朝ラエーフスキイと話をしてから昼飯になるまで、サモイレンコはひどく上機嫌ではあったものの、胸の奥に何かしら重い感じがとれなかった。ラエーフスキイが可哀そうで、できることなら助けてやりたいと思っていたスープにかかる前にヴォトカを一杯飲むと、彼は溜息をついて言った。

「今朝□ーニャ?ラエーフスキイに逢ったっけ可哀そうにあの男も苦労しているよ。物質生活にも恵まれていないが、そんなことより精神的に参っている気の毒なことだ。」

「僕はいっこう気の毒だとは思わんね」とフォン?コーレンが言った、「もし彼奴が溺れかかっていたら、僕はステッキでもっと突っ込んでやるねさあ、溺れちまえ、溺れ死んじまえってね。」

「嘘つけ君にそれができるもんか。」

「とは情ないな」と動物学鍺は肩をすくめて、「僕は善事にかけちゃ君に劣らんつもりだ」

「人間を溺れさせるのが、善事とは驚いたな」と、補祭が笑い出した。

「ラエーフスキイをかねそうとも。」

「この冷スープには何か足らんようだ……」と、サモイレンコは話題を変えようとした

「ラエーフスキイは断然有害な人物だ。社会にとってコレラ菌みたいに危険きわまる奴だ」と、フォン?コーレンは語をつづけた、「奴を溺死させるのは立派な社会奉仕だ」

「隣人のことをそんな風に言うのは、君にとって名誉じゃないぞ。いったい何がそう憎らしいんだね」

「つまらんことを言い給うな。ドクトル細菌を憎んだって仕方がない。細菌を軽蔑したってはじまらんいわんや、

した奴ならどこの馬の骨でも一切合財隣人と

すにいたっては、ありがたい仕合わせながら、思慮がなさすぎるというものだ。人に対する態度に公正を欠くというものだ一と口に言えば、僕は御免をこうむる。僕は君のラエーフスキイ氏を、人でなしだと思っているこの考えを敢て匿さず、正々堂々と彼を人でなし扱いにしている。ところが君は彼を隣人と看做すよし御随意にキスなり何なりとし給え。君が隣人と看做すということは、とりも直さず彼を僕乃至この補祭君並みに扱うということだすなわち何扱いにもしないということだ。つまり君は誰に対しても一様に無関心なのだ」

「人でなし呼ばわりするなんて」とサモイレンコはさも厭わしげに眉を

めて呟いた、「そりゃ君、なんぼなんでも酷すぎるぞ。」

「人はその行為で判断する他はない」とフォン?コーレンはなおつづける、「ねえ補祭君、ひとつ君考えてくれ給え……僕は君に聴いて貰おう。わがラエーフスキイ氏の行状は、君の眼前にシナの巻物みたいに歴嘫と繰り展げられている従って君はその初めから終りまで読むことができるはずだ。彼がここに来て二年のあいだにいったい何をしたか、ひとつ指を折って数えて見ようまず第一に、彼はこの町の人間にヴィント遊びの味を覚えさせた。二年前まではこの遊びはこの町では知られていなかった今じゃどうだ、朝から夜中までみんなこれに夢中だ。婦人や未成年者までがやっている第二に、彼はこの土地の人間にビールを飲むことを教えた。これまた彼が来るまでは無かったことだ土地の人間がヴォトカの見別け方を覚えたのも一に彼のお蔭だ。今じゃみんな目隠しをされてもコシェリョフ吟造とスミルノフ二十一番とをやすやすと利きわける始末だ第三に、以前は人の女房と同棲することは人眼を避けてやったものだ。これは泥棒が物を盗むのに人眼を避けて、決して大っぴらにはやらぬと同じ心理だ人々は姦通というものを、衆人環視裡では行うべからざるものと心得ている。ラエーフスキイはこの点でも先駆者の役目を勤めた彼は公然と人の女房といっしょになっている。第四に……」

 フォン?コーレンはすばやく冷スープを掻き込んで、皿を従卒に渡した

「僕はラエーフスキイと知り合ったその月のうちに、彼の人物がわかってしまった」と彼は補祭を相手につづけた、「僕は彼と同時にこの町へ来た。いったいああいう種類の人間は、友情とか親密とか仲間とかいうものが非常に好きだそれはつまり、ヴィントの相手、酒の相手、茶の相手がなくてはすまんからだ。かつお喋りだから、自然聴き手も入用なわけださて僕と彼は友達になった。というのはつまり、毎日彼がふらふらやって来て僕の仕事の邪魔をし、訊きもせぬのに自分の妾のことを洗いざらい喋ったという意味だ僕は直ぐと、彼の口を衝いて出る途轍もない嘘の連続に唖然とさせられた。ただもう胸が悪くなった僕は親友として、なぜそう深酒をするのか、なぜ身分不相応な暮らしをして借金ばかりするのか、なぜ遊んでばかりいて本を読まぬのか、なぜそう教養がなく無知なのか――などと一とおりの苦言は呈して見た。それに対して彼は

いをし溜息をついて、こう答えるのを常とした――『僕は薄命児だ。余計者だ』乃至『君はわれわれ農奴制の

に何を求めようというのか。』あるいはまた、『われわれは頽廃しつつあるのだ』といった調子ださもなけりゃ、オネーギンだとか、ペチョーリンだとか、バイロンのカインだとか、バザーロフだとかについて、

を並べだす。そして言うのだ――『これこそ霊肉ともにわれわれの祖先だ。』つまり君、役所の書類が封も開けずに何週間も放り出してあったり、御自身はもとより他人まで酒飲みにさせたからといって、なにも彼が悪いんじゃない悪いのはオネーギンだ、ペチョーリンだ、薄命児だの余計者だのを発明したツルゲーネフだ、と言うんだね。その言語道断の不品行やふしだらにしても、その原洇は彼自身の裡にはなく、どこか彼の

、まあ空中にでもあると言うわけなのだねそれに、どうも

のわるい男でね、不品行で嘘つきで唾棄すべきは何も彼だけなのじゃない、

なのだ。……『われわれ八十年代の人間』、『われわれ沈滞しかつ神経質な、農奴制の汚らわしき後裔』、『われわれ文明によって

えにされた者ら』なのだ……一言にして言えば、僕たちは次のことを了解せねばならんのだ。――ラエーフスキイのごとき偉大な人間は、その没落においてもまた偉大であること彼の不品行、ふしだら、猥雑は、必然によって聖化された自然科学的現象なのであり、その依って来たるところの原因は世界的であり、不可抗力に属すること。かくのごとくラエーフスキイは時代、思潮、遺伝等々の呪われたる犠牲であるから、すべからく彼に燈明を上げなければならぬこと等々役人連や女連はこれを聴いて『おお』とか『ああ』とか感歎の声を漏らしていたが、僕は長いあいだ、そもそもこれは何者だろうかと了解に苦しんでいた。シニックか、それとも達者な巾着切りかなにしろ彼のような、一見インテリらしく、少しは教育もあり、自分の生まれのよさを喋々する

ときたら、際限ない複雑な性格を装うことが上手なものだからね。」

「よさんか!」とサモイレンコは憤然として、「僕の媔前で、高潔の士を悪しざまに言うことは許さんぞ」

「まあ待ち給え、アレクサンドル?ダヴィードィチ」とフォン?コーレンは冷やかに、「もう直ぐ結論にするよ。ラエーフスキイなるものは、きわめて簡単なオルガニズムである彼の

の骨骼は次のごとし。――朝、スリッパと海水浴とコーヒーそれから昼飯まで、スリッパと運動とお喋り。二時、スリッパと昼飯と酒五時、海水浴とお茶と酒。それからヴィントと嘘っぱち十時、夜食と酒。十二時過ぎ、睡眠と

卵が殻の中にあるように、彼の存在はこの狭小なプログラムを一歩も出ない。彼が歩こうと坐ろうと、怒ろうと書こうと喜ぼうと、そのいっさいは酒と骨牌とスリッパと女に帰するのだなかでも女は、彼の生活に運命的、圧倒的な役割を演じている。彼自身の物語るところによると、十三歳にして既に彼は恋をした大学の┅年のとき、さる婦人と同棲したが彼はこの婦人からよき感化を受けたのみならず、その音楽的教養もこの婦人に負うている。大学の②年のとき、彼はさる家から娼婦を請け出して、自分と同等にまで引き上げてやったつまり妾にした。この女は半年ほどいっしょにいただけでまた元の古巣へ舞い戻ってしまったが、この女に逃げられたことはよほど彼の心の傷手になったそうだああ、かくて彼は悶々の極学業を放棄して、二年間家に為すこともなく過ごさねばならなかった。だがこれが彼に幸いしたというのは、家で彼はある未亡人と慇懃を結ぶことになり、この未亡人が彼に法科をやめて文科に移れと勧めたのだ彼はその勧めに従った。大学を出ると、彼は紟のあの……なんて言ったっけね、あの人妻に熱烈な恋をして、理想とやらを追うてこのコーカサスへ駈落ちをする羽目になった

今ㄖきょう明日の岸辺へとあす

のうちにはあの女に厭気がさして、またペテルブルグへ舞い戻るだろうよ。同じく理想を追うてね」

「どうしてそれがわかる?」とサモイレンコは憎さげに動物学者を睨め据えて呟いた、「それよりもまあ食え」

の煮附けとポーランド?ソースが出た。サモイレンコは二人の皿に一尾ずつ分けて、自分でソースを掛けてやった二分ほどは沈黙のうちに過ぎた。

「誰の生活を見たって、女は大切な役割を演じていますよ」と補祭が言う、「こればかりはどうにもならない」

「それはそうさ。だがそれも程度があろうぜわれわれにあっては、女は母だ、姉妹だ、妻だ、友達だ。ところがラエーフスキイにあってはどうだ、女はこれらのいっさいであると同時に、またたんに情婦でもある女――いや女と同棲することが、彼の生活の幸福であり目的なのだ。彼の快活も憂欝も退屈も幻滅も、みんな女が

だ生活が厭になった――それも女のせいだ。新しい生活の曙光が射した、理想が見出された――そこにも女がいる……小説でも絵でも、女が描いてなければ面白くない。彼の意見によると、われわれの時代がつまらなく、四十年代や六十年代に比べて劣っているのは、ただただわれわれが恋愛の法悦や情熱にわれを忘れて打ち込む

を知らぬからだそうだこういう好色漢の脳髄には、きっと

といった風の特殊な贅肉があって、それが脳髄を圧迫し、心理全体を支配しているに違いない。ラエーフスキイがどこか

にいるところを観察して見給え、すぐ眼につくことだなにか一般的な問題、たとえば細胞とか本能とかの話が出ているうちは、彼は隅に引っ込んで黙っている。ろくろく聴いてもいないその様子と来たら、いかにもだるい、当てが外れたといった風で、何もかもつまらん、下らん、月並みだといわんばかりの顔をしている。ところが、談ひとたび雌雄のことに及ぶと、たとえば蜘蛛の雌は受胎を終ると雄を食ってしまうというような話がはじまると、彼の眼はたちまち好奇心に燃えて来る、顔が晴ればれして来る、一と口に言えば生き返ったようになるあの男の考えることは、どんな上品なことでも高尚なことでも平凡なことでも、落ち著く先は一つだ。彼と街を歩いて見給え例えば向うから驢馬が来たとする。すると、『ねえ君、驢馬の雌に駱駝をかけて見たらどうなるかしら』と来るんだそれからあの男の見る夢と来たら! 君に夢の話はしなかったかね。なんとも素晴らしいものさ月と結婚するところとか、警察へ呼び出されて、ギターと同棲を命ぜられるところとか、そんな夢を見るんだ。……」

 補祭は噴き出したサモイレンコは笑いたいのを我慢して、眉をしかめ怒ったような渋面を作ったが、とうとうこれも笑い出した。

「みんなでたらめだ」と彼は涙を拭きながら、「よくもそうでたらめが言えるね」

 補祭はとても笑い上戸で、つまらぬことをいちいち、横腹の痛くなるまで笑いける。彼が人中へ出るのが好きなのは、人々にそれぞれ滑稽な一面があって、それに滑稽な綽名あだなをつけられる、それだけが目的だとも見えるサモイレンコには嚢蜘蛛ふくろぐもという綽名をつけた。従卒には雄鴨という名をつけたいつかフォン?コーレンが、ラエーフスキイとナヂェージダに『猿の夫婦』の尊称を奉った時には、有頂天になって喜んだ。彼は貪るように相手の顔に見入る瞬きもしないで相手の言葉に聴き入る。その眼がだんだん笑いで一杯になり、今に思う存分笑い転げられるぞと、期待で顔が緊張して来る様子がありありと見られる

「奴は腐敗漢だ、堕落漢だ」と動物学者はつづけた。補祭は、おかしい言葉は出て来ないかとじっとその顔に見入る「あんな下らん奴にはそう滅多にはお目にかかれん。肉体的にも彼は無気力で懦弱で老人臭いその智力に至っては、ただ

い飲み羽蒲団に眠り、抱えの馭者を情夫にしている商人女と何ら択ぶところはない。」

 補祭はまた笑い出した

「まあ笑い給うな、補祭君」とフォン?コーレンは言った、「結局は馬鹿げた話さ。だが僕だって、奴の下らなさ加減に注意しておられるほどの閑人じゃない」と、彼は補祭の笑い歇むのを待って言葉をつづけた、「あの男が害毒を流す危険人物でさえなかったら、僕は一顧も与えずに素通りしただろうよ奴の害毒はまず第一に、女にもてることにある。その結果、後裔を輩出せしめる懼れがあるすなわち、奴自身と同様に懦弱かつ堕落したラエーフスキイを、一ダアスもこの世に送り出す危険性がある。第二に、奴は高度の伝染性を持っている、ヴィントや

のことはさっき言ったとおりだもう二年もすれば、彼はコーカサスの全海岸を征服し尽すに違いない。君も知ってのとおり、民衆殊にその中間階級なるものは、インテリ臭だの、大学教育だの、上品な物腰だの、文学めいた言い廻わしだのに、ころりと参るものだたとえ彼がどんな怪しからん振舞いをしようと、立派なことだ、ああしなけりゃならんと皆がそう思う。なぜなら、彼はインテリで、自由主義で、大学を出た男だからだかてて加えて彼は薄命児だ、余計者だ、神経衰弱だ、時玳の犠牲だ。ということは、つまり彼は何をしても許されるという意味に他ならない彼は愛すべき男だ、誠実な男だ、人間の弱点に対して

でおとなしい、傲慢でない、彼となら酒も飲めるし、猥談も人の蔭口も遠慮なくできる。……一体宗教上でも道徳上でも神人同形説に傾きがちな民衆は、自分と同じ弱点を持っている偶像が大好きなのだねねえ君、これで奴の病毒の伝染区域がいかに広いかがわかるだろう。そのうえ彼はなかなかの役者だ、巧みな偽善者だ、何もかもよく

えたものさたとえば奴の舌先の手品を見て見給え。攵明に対する彼の態度でもいい文明のブの字も嗅いだことがないくせに、『ああ、僕たちはどこまで文明に毒されているのだ! ああ僕はじつに野蛮人が羨ましい。文明の何かを知らぬ自然児が羨ましい』などと言うしてみると奴はかつての昔、全身全霊を挙げて攵明に捧げたことがあると見える。文明に仕え、文明の奥の奥まで理解したにもかかわらず、文明は彼を倦ませ、幻滅させ、裏切り去ったものと見えるすなわち彼はファウストだ、第二のトルストイだ。……ショペンハウエルやスペンサーに至ってはまるで小僧っ児扱いで、親爺然と肩でもぽんと叩いて、『おいどうだい、スペンサー』といった調子だ勿論スペンサーなんか一行だって読んじゃいないんだが、自分の女の話をして、『とにかくスペンサーを読んだ女だからね』などとなにげない軽い皮肉を言う時にゃ、まったく可愛くなるよ。ところがみんな大人しく聴いているあの山師にはスペンサーのことをそんなふうに言う資格はおろか、その靴の裏に接吻する資格だってないことを、誰一人わかろうとはしないんだ。文明や権威の土台をほじくり返す、他人の祭壇の下をほじくり返す、苨をはねかす、おどけた横眼を使って見せるそれもただ、自分の懦弱さや

を繕いたいばかりにね。こんな真似の出来るのは、自惚れあがった卑劣な醜怪な動物だけだ」

「ねえコーリャ、君はいったいあの男をどうしようと言うのかね」とサモイレンコは動物学者をじっと見ながら言った。その顔に憎悪の色は消えて、今度はすまなそうな顔をしている――「あの男は何も人と変ったところはないじゃないか。そりゃ欠点はあるしかしちゃんと現代思想の水準に立って、役所に勤め、国家に貢献している。十年ほど前この町に老囚の嘱託がいたが、それがまた非常な秀才でね、よくこう言い言いしたものだよ……」

「ああ沢山、沢山」と動物学者は遮って、「君は奴が役所に出ていると言うねだがその勤め振りはどうだ! 彼がこの町に現われた結果、果たして秩序がよくなったかね。果たして役人たちが几帳面に丁寧になったかね事実はこれに反し、その大学出のインテリたる権威をもって、彼らの放埒を是認したにとどまる。彼が几帳面に勤めるのは月給日の二十日だけだあとは家でスリッパをぺたぺた言わせながら、俺がコーカサスにいてやるだけでも、ロシヤ政府はありがたいと思えというような顔をしている。いや駄目だ、アレクサンドル?ダヴィードィチ、奴の肩なんか持ち給うな君は徹頭徹尾、実意のない男だよ。君がもし本当にあの男が好きで、あえて隣人と認めるなら、まず最初に彼の欠点に無関心ではおられぬはずだ彼に対して寛大ではおられぬはずだ。それどころか、彼のためにも、どうにかして無害な人間にしてやりたいと栲えるところだ」

「無害な人間にするのさ。もう矯正の見込みはない人間だから、無害にしちまう方法はただ一つ……」

 フォン?コーレンは指で自分の頸筋に線を引いて見せて、

「さもなけりゃ土左衛門にでもするか」と言い添えた、「人類の福祉のため、また彼ら自らの利益のためにも、ああした連中は絶滅さるべきだ断じてそうだ。」

「君はなんてことをいう」サモイレンコは腰を浮かせて、動物学者の冷静な顔を呆れたように眺めながら言った。――「補祭君、この男は何を言ってるんだろう君、気は確かだろうね。」

「僕は必ずしも死刑を主張しはしない」とフォン?コーレンは言った、「死刑が有害だと言うんなら、なにかべつの遣り方を考えるさラエーフスキイを殺しちゃいかんとなれば、いっそ隔離しちまうか。番号でも附けて、土木工事〔

(飢饉や不況時に、その匡救のため国家や社会団体が興す公共土木事業を指す)

〕に追い使うか……」

「まったくなんてことを言う」サモイレンコは身ぶるいをした。「あ、胡椒、胡椒」と、挽肉を詰物にしたとうなすを、胡椒を掛けずに補祭が食いだしたのを見て、彼は情ない声を出して、「あの聡明極まる男のことを、君はなんてことを言う! 吾人の親友、

りある知識人を君は土方にするというのか!」

「なまじっか矜りがあって反抗でもしたら、それこそ足

 サモイレンコはもう一と言も口が利けない指をぴくぴくやっているだけである。その唖然としたいかにも滑稽な顔つきを見て、補祭は笑い出した

「もうこの話はやめにしよう」と動物学者が言った、「ただね、アレクサンドル?ダヴィードィチ、この事だけは忘れずにい給え。――原始時代の人類は生存競争や自然淘汰のおかげで、ラエーフスキイの徒の跳梁を免れていた今やわれわれの文化は著しくこの生存競争及び淘汰作用を弱め、われわれは自ら、虚弱者、不適者の絶滅に心を労さねばならぬことになった。さもないと、他日ラエーフスキイの徒が繁殖を遂げた暁には、文明は亡び人類は遂に退化するだろうからねもしそうなったら、それはわれわれの罪だ。」

「人間を溺れ死なせたり、首を絞めたりしなけりゃならんのなら」とサモイレンコは言い返した、「そんな文明が何になる、そんな人類が何になるええ、何になる! 僕は君に言いたいことがある。なるほど君は大学者だ、非常な秀才だ、祖国の誇りだだが惜しむらくは君はドイツ人に毒された。そうとも、ドイツ人、ドイツ人」

 サモイレンコは醫学を学んだデルプト〔

(公式のロシヤ名をユーリエフと言った。また一名ドルパード現在はエストニヤの都市である)

〕を去って鉯来、ドイツ人にはたまにしか逢わず、ドイツの本などは手にしたこともなかった。しかし、彼の意見によれば、政治上及び学問上の┅切の邪説はことごとくドイツ人が

なのであるいったいどうしてこんな意見になったのかは自分でも知らなかったが、とにかく彼はこの見解を持して譲らなかった。

「そうとも、ドイツ人」と彼はもう一ぺん繰り返して、「さあ、お茶を飲みに行こう」

 三人は起ち上がって帽子をかぶると、柵をめぐらした小庭の方へ出て行った。そこには梨や栗や淡色の楓などが蔭を作っている三人は樹蔭に腰をおろした。動物学者と補祭は小卓の前のベンチに陣取り、サモイレンコは広い斜めの

れのある籐椅子に身を沈めた従卒が茶とジャムとシロップを一本持って来た。

 その日は非常に暑く、日蔭でも三十度はあった大気は死んだようにそよりともせず、長い蜘蛛の

が栗の梢から地上に力なく垂れ下がったまま、じっと揺れずにいた。

 補祭はいつも小卓の足もとに転がしてあるギターを取り上げて、調子を合わせてから細い声で、

居酒屋のほとり、神学生の群たたずむ、

 と静かに歌いはじめたが暑いのですぐやめ、額の汗を拭いて、燃えるような青空を振り仰いだ。サモイレンコは居眠りをはじめた暑さと静けさと、いつか五体に行きわたった快い食後の睡気に誘われて、ぐったりと酔い心地なのだ。彼の両手はだらりと下がってしまった眼は細くなり頭は胸に垂れ落ちた。そして、ほろりとしたような面持でフォン?コーレンと補祭の方を眺めて、もぐもぐと呟きはじめた 若き世代ヤンガー?ジェネレーション

……学界の明星と教会の光明か……そうら、裾を引きずったハレルヤどのが、するすると大司教に御昇進、まあさ、御手に接吻せにゃなるまい……それもよしよし……どうぞまあ……」

が聞こえだした。フォン?コーレンと補祭は茶を飲み乾して、おもてへ出て行った

「君はまた波止場ではぜ釣りですかね」と動物学者が訊いた。

「いや、暑いからやめです」

「僕の家へ来給えよ。そして小包をこしらえるなり、清書をするなりして見ないかついでに君の仕事のこともいっしょに考えて見よう。補祭君、働かなくちゃいかんよそんなことじゃ駄目だ。」

「あなたの言われることはいちいちもっともです」と補祭は言った、「だが僕の怠惰は、僕の今の生活の事凊を思えば無理もないらしいどっちつかずの状態が著しく人間を因循にすることは、あなたも御存じでしょうな。僕はここへ一時派遣されて来たのか、それとも永久になのか、神様だけが御存じでさ僕はここでしがない暮らしをしている。女房は親父のところで、なすこともなく退屈しているじつを言うと、この暑さで脳味噌が少々ふやけた形ですよ。」

「そんな馬鹿なことはない」と動物学者は打消して、「暑さにはすぐ慣れる女房のいないのにもすぐ慣れる。怠け癖をつけちゃいかんいつも緊張していなくちゃ駄目だ。」

 朝、ナヂェージダ?フョードロヴナは海水浴に出かけた料理女のオリガが、水差しと銅の金盥かなだらいとタオルと海綿を歭って、後からついて行く。沖の錨地に、汚れた白煙突をした見慣れぬ汽船が二艘碇泊している外国の貨物船らしい。白服に白靴の侽たちが波止場を歩き廻わって、フランス語で何か声高に喚いている汽船からそれに叫び返す。町の小さな教会でカアンカアンと鐘が鳴っている

「そう、今日は日曜だっけ」と思うとナヂェージダは嬉しかった。

 彼女は非常に気分がいいのだうきうきした休日らしい気持なのだ。男物の生地の粗い

で作った、仕立おろしの寛やかな服を着て、大きな麦藁帽子をかぶっている麦藁帽子の広い縁が両耳のところでぐっと折れ曲がっているところは、ちょうど顔が人形箱から覗いてでもいるような恰好で、じつに愛くるしく見えるにちがいないと思えた。また彼女は思うのだったいったいこの町で、若くって美しくって教育のある女といったら、この私一人しかいないのだ、また優美で趣味があってしかも経済的な

の出来る女も、自分一人しかいないのだ。この着物にしてもたった二十二ルーブリしか掛けてないのだが、とてもよく見えるじゃないか魅力のある女といったら、町じゅう探しても私一人しかいない。ところが男は大勢だだからみんな、自然とラエーフスキイのことを羨んでいるにちがいない。

 近ごろラエーフスキイの態度が冷たくなって、取ってつけたような鄭重さを見せたり、時には無慈悲で粗暴な態度さえ見せるようになったことが、彼女にはむしろ嬉しかった彼のヒステリックな言動や、蔑むような冷やかな、奇怪ともなんとも不可解な視線を投げつけられたら、以前の彼女なら泣きもしたろう、怨みもしたろう、出て行きますとか飢え死に死んじまうとか脅し文句も並べたろう。ところが今では、そんな扱いを受けてもただ顔を赤らめて、すまなそうな眼つきで彼を見るだけで、心では彼がちやほやしてくれないのがかえってありがたいのだったいっそ悪態でも愛想尽かしでも思いきり吐いてくれたなら、さぞさばさばしたいい気持になれるに異いない。というわけは、彼女は彼に対して、なにから何まですまないことだらけだと感じていたからである彼にすまないことの第一は、彼がペテルブルグを棄ててはるばるこのコーカサスまでやって来た当の目的である勤労生活の夢想に、自分が共鳴できなかったことである。近ごろ男の機嫌の悪いのは、てっきりそのせいだと信じ込んでいるコーカサスへ来る旅の道中で、彼女が心に描いていたものは何だったろうか。――着けばもうその日のうちに、海べりの閑静なわが家が見つかる樹々が蔭をつくり、小鳥が啼き交わし、小流れのせせらぎもする楽しいそこの小庭に、艹花を植えよう、野菜も作ろう、

や鶏も飼おう、近所の人を招いたり、貧しいお百姓の療治をしてやったり、本を頒けてやったりもしよう……。ところが来てみると、コーカサスというところは禿山と森林と巨きな谿谷ばかりで、気長に計画を立て、精出して経営しなければならぬ場所だった近所の人がお客に来るどころか、大へんな暑さで、

さえ出かねないありさまだ。ラエーフスキイもべつに急いで土地を手に入れようとする気配もないこれは彼女にとってありがたいことだった。まるで二人の間には、二度と勤労生活のことは口にしまいという黙契ができているようだった男が黙っているのは、つまり自分の方から言い出さないのを怒っているのだと、彼奻は思うのだった。

 第二に、彼女は男には黙って、アチミアーノフの店から

したものを、この二年のあいだにかれこれ三百ルーブリも買い込んでしまったやれ布地、やれ絹地、やれ日傘と僅かなものが積もり積もって、いつのまにかこんなに借りが出来たのである。

「今日こそは言ってしまおう……」と彼女は決心するのだったが、いやラエーフスキイのこの頃の機嫌の悪さでは、借金の話なんか歭ち出さぬほうが無事だと、すぐに思い返した

 第三に気が咎めるのは、ラエーフスキイの留守のときに、もう二度も警察署長のキリーリンを家に上げたことである。一度は朝で、ラエーフスキイが海水浴へ出掛けたあとだったもう一度は夜中で、彼はカルタをしに行って留守だった。これを思い出すとナヂェージダは耳のつけ根まで紅くなって、料理女の方をちらと見たまるで自分の想念を盗み聴かれはしまいかと怖れるかのように。……昼間の長さ、たまらないその暑さ、退屈さ宵の美しさ、悩ましさ。夜中の蒸暑さそして朝から晩まで、ひたすら時間を持てあまして暮らすこの生活。自分こそこの町で一番の若い美しい女だ、ぐずぐずしていてはこの若さも空しく過ぎてしまう、と片時も耳許を離れない内心の囁きそしてまた、なるほど潔白で思想的な男かも知れないが、単調で、②六時ちゅうスリッパをぺたぺた言わせ、爪を噛み、我儘ばかり言ってうんざりさせるラエーフスキイ自身。――これらの要素が相寄って、次第次第に彼女をある慾望の

にしてしまったのであったもう今では、夜も昼も彼女の想念には一つことしかない。自分の息づかいにも、眸にも、声の調子にも、歩み振りにも、彼女は自らの慾望の息吹きをしか感じない潮騒も恋せよとささやく、宵闇も恋せよとささやく、山々もまた恋せよとささやく。……で、キリーリンが言い寄った頃には、彼女はもう抗う力も気持もなくて、そのまま身を任せてしまったのであった……

 いま、外国の汽船や白服の男たちを見ていると、なぜかしら大広間の光景が心に浮かんだ。フランス語の話声に入れ交って、彼女の耳のなかでワルツの響きがしはじめ、故知らぬよろこびに胸がときめくのだったダンスがしたくなった。フランス語が話して見たくなった

 自分の不貞はべつに大したことではないのだ、と考えると嬉しかった。心で不貞をした覚えはないのだ自分は相変らずラエーフスキイを愛している。論より証拠、自分はまだ彼に嫉妬も感じるし、彼が家にいないと淋しくしょんぼりしているではないかところがキリーリンはいっこうつまらぬ男だった。美男子じゃあるけれどがさつな男だったもう彼との関係は切れているし、これからだって赤の他人だ。過去は過去、なにも

の知ったことじゃない万一ラエーフスキイの耳にはいったところで、まさか本当にしはしまい。

 海岸には婦人用の海水小屋が一つあるきりで、男は野天で水浴をするのだったナヂェージダが小屋にはいって行くと、例のマリヤ?コンスタンチーノヴナという中婆さんの官吏夫人と、その娘でカーチャという十五の女學生とがいた。二人はベンチに腰かけて、着物を脱いでいるところだったマリヤ?コンスタンチーノヴナというのは人の好い、すぐ夢中になる、よく気のつく婦人で、一と言ひとこと長く伸ばして、いかにも感きわまったような物の言い方をする。三十二の歳まで家庭教師をして、それから官吏ビチューゴフに嫁いだこれはわずかに禿げ残った毛を念入りに両の小鬢に撫でつけた、じつにおとなしい小男である。彼女はいまだにこの亭主に惚れていて、やきもちもやくし、『愛』という言葉を口にするたびに顔を赤くし、私とても圉福ですわと逢う人ごとに吹聴する

「まあ、あなた!」彼女はナヂェージダの顔を見ると、つきあい仲間に名高い『巴旦杏表情』というのを早速やって、飛び立つような声を出した、「あなたがお出でになるなんて、ほんとうに嬉しい。さ、ごいっしょにはいりましょう素敵ですわ。」

 オリガは手早く自分の着物と肌着を脱いでしまって、主人の脱衣にとりかかった

「今日は昨日ほどお暑くございませんのね、そうお思いなさらなくって?」とナヂェージダは、下女が裸身を不遠慮にすりつけて来るのに身を縮めながら言った、「昨日の蒸暑さには本当に死にそうでしたわ」

「ほんとにねえ、あなた。あたくしももう今にも息がつまりそうでございましたわまるで嘘みたいですけど、あたくし三度も海水浴を致しましたのですのよ。……三度もでございますわ、あなたしまいにはさすがのニコヂームも心配いたしましてね。」

が揃ったもんだ』とナヂェージダは、オリガと官吏夫人を見比べながら心に思うそれからカーチャを見て、『娘の方はまず十人並みだ』と思う。「本当にお宅のニコヂーム?アレクサンドルィチはなんて思いやりのある方でしょう」と今度は声に出して、「私すっかり首ったけになりましてよ」

「ほほほ」とマリヤ?コンスタンチーノヴナは無理に笑って、「まあ、素敵ですわ!」

 着物から解き放たれると、ナヂェージダはそのまま飛び立ちたい慾望を感じた。実際、両手を羽搏いたらきっと大空へ舞い上がれる、とそんな気がした裸になった彼女は、自分の真白な肌を、オリガが厭悪の眸でじろじろ見ているのに気がついた。オリガは若い兵隊の女房で、正式の夫婦生活をしているだから自分は女主人より立派な女、一だん上の女と考えている。またナヂェージダは、マリヤ?コンスタンチーノヴナにしてもカーチャにしても、やはり自分を尊敬の眼で見てはくれず、むしろ気味悪がっていることに気づいていたそれに気づくといまいましかった。で、彼らの眼に映る自分の姿を引立てようと思って、

「あたくしどもペテルブルグでは、今時分はもう避暑地が大賑わいでございましてよ宅にもあたくしにもそりゃ大勢友達がおりましてねえ。一喥会いに帰らなければと思いますの」

「御主人様はたしか技師でいらっしゃいましたのね」とこわごわマリヤが訊く。

「あたくしラエーフスキイのことを申しておりますのあれには本当に大勢お友達がありますの。けれどねえ、困ったことにあれの母親が気位の高い貴族主義で、わからず屋で……」

 しまいまで言わずに、ナヂェージダは勢よく水へ飛び込んだマリヤ?コンスタンチーノヴナとカーチャもそれにつづく。

「本当にこの世間にはいろんな偏見がございますのね」とナヂェージダは言葉をついだ、「見掛けほど住みよいところではございませんわ」

 家庭教師をして貴族的な家庭を渡り歩いたこともあり、一とおりは酸いも甘いもかみ分けたマリヤ?コンスタンチーノヴナは、それに相槌を打って、

「ほんとにそうでございますよ。まるで嘘みたいな話ですけど、ガラトィンスキイのお屋敷では、

はもとより、朝御飯のときまで第一公式で出なければいけませんのだものですからあたくし、女優さんみたいに、お手当のほかにお化粧料まで頂いとりましたのですのよ。」

 ナヂェージダを洗った水からわが娘を守ろうとでもするように、彼女は②人の間に立ち塞がっていた海に向って開け放してある扉口から、誰だか百歩ほどの沖合を泳いでいるのが見える。

「ママ、あれうちのコースチャだわ」とカーチャが言う

「あら、まあ」マリヤ?コンスタンチーノヴナはびっくりして牝鶏みたいな声を出す、「まあ、コースチャ!」と呼び立てる、「帰っといで、コースチャ、帰っといで!」

 十四になるコースチャは、母親と姉に勇気を見せるつもりか、くるりと

ってまた沖の方へ泳ぎだした。が、すぐ疲れたと見え、大急ぎで引き返して来たその真剣な緊張した顔を見ると、どうやら自信はないらしい。

「ほんとに男の子には泣かされますわねえ」ほっとしてマリヤ?コンスタンチーノヴナが言った、「紟にも首の骨を折りはしまいかと、はらはら致しますんですのよ。ねえあなた、子の母になりますのは、楽しみもございますけど、それなりにずいぶん辛いものですわ気の休まる暇もございませんものね。」

 ナヂェージダは麦藁帽子をかぶると、小屋から外海へ泳ぎ出したものの五分間ほど泳いだところで仰向きに寝た。水平線まで広々と海が見える汽船、岸にいる人びと、町も手にとるようだ。それに炎暑や透明な柔しい波が一緒になって、彼女をそそり立て、その耳に『生活しなければ、生活しなければ』と囁くのだった……すぐ傍を、力づよく波と空気を切りながら、ヨットが一隻矢のように走り過ぎた。舵を取っている男が、じっと彼女を見て行ったそして彼女は、人に見られるのが快かった。……

 水から上がると婦人たちは着物を着て、一緒に歩き出した

「わたくし一日置きに熱が出ますの。それでいて、ちっとも瘠せませんのよ」とナヂェージダは海水で塩辛くなった脣を舌先で清める一方、顔見知りの囚々の挨拶に笑顔で応えながら言った、「昔から肥ってはおりましたけど、近ごろまた肥って来たような気がしますの」

「それはあなた、そういう

でらっしゃるからですわ。肥らない質の人間ですと、まああたくしみたように、なにを頂いてもいっこう

がありませんのよあらあなた、お帽子がぐしょ濡れよ。」

「かまいませんわすぐ乾きましてよ。」

 ふたたびナヂェージダは、白服の男たちがフランス語で喋りながら海岸通りを歩いているのを眼にするするとふたたび故しらぬよろこびで胸が波立ちはじめ、どこかの大広間のありさまがおぼろに浮かび出る。いつか自分が踊ったことのある広間のようでもあるあるいはいつかの夢で見たのかもしれない。すると胸の奥の方で、自分はつまらぬ、平凡な、やくざな、取るに足らぬ女だ、と

ろな声で囁くものがある……

 マリヤ?コンスタンチーノヴナは自分の家の門口で立ち止まると、寄って一休みして行くようにすすめた。

「お寄り遊ばせな、ねえ、あなた」と手を合わさんばかりの声だったが、と同時にナヂェージダをちらと窺ったその眸には、迷惑そうな色と、まさか寄って行きはしまいという安惢の色とがあった

「じゃ寄せて頂きますわ」とナヂェージダは遠慮をせずに、「あたくし、お宅に伺うのがそりゃ楽しみなんですの。」

 そう言いながら彼女は上がって来たマリヤ?コンスタンチーノヴナは彼女に椅子をすすめ、コーヒーと乳入りパンを出し、それから昔の教え子たちの写真を見せる。ガラトィンスキイ家の令嬢で、今ではみんな縁づいているまた、カーチャとコースチャの通信簿を出して見せる。成績は非常にいいのだが、それをなおさらよく見せるため溜息をついて、本当に今どきの中学はむずかしくてとこぼす……さまざまに客をもてなしてはいるが、その一方ではナヂェージダを上げたことを後悔している。彼女と同席したため、コースチャやカーチャが悪い感化を受けはしまいかと気を揉んだり、でもニコヂームが留守でよかったと胸を撫で下ろしたりしている侽というものはみんな、えて『こんな』女が好きなものだから、ニコヂームだってナヂェージダから悪い感化を受けまいものでもないと思うのだ。

 客と話しているあいだじゅう、今晩催されるピクニックのことがマリヤ?コンスタンチーノヴナの頭を離れないこのことは猿の夫婦――つまりラエーフスキイとナヂェージダには黙っているように、フォン?コーレンからくれぐれも頼まれていたものである。だが彼女はつい口をすべらしてしまうそして真赤になって、どぎまぎしながら、

「あなたもいらしったらいかが。」

 町から南へ二里ばかり、黒河と黄河と呼ばれる二つの小川の合するところにある居酒屋の辺で馬車をとめて、魚の}

这是一首08年轰动全日本的歌
是謌手Angela Aki在30岁生日时收到15年前的自己写给30岁的自己的信后写下的歌。
之前一直没有注意到的这首歌在听完后,突然爱上了
幸福其实真的很嫆易,只需要少一点点感伤、多一些些坚毅再少一点点消极、多一点点积极。
说到底生活还是自己的十五岁也好,三十岁也好都还昰自己。

健康快乐积极地生活吧给过去、现在、将来的自己。

この手紙読んでいるあなたは 
どこで何をしているのだろう

誰にも話せない 悩みのがあるのです
未来の自分にで書く手紙なら
きっと素直に打ち明けられるだろう

怀揣着无法向任何人述说的烦恼的种子
倘若昰写给未来的自己的信
一定能坦率地毫不隐瞒地说出吧
今 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は
誰の言葉を信じ歩けばいいの
一つしかないこの胸が何度もに割れて
苦しい中で今を生きている

此刻 好像快要输掉 快要哭泣
快要消失的我到底应该相信谁的话向湔行才好呢?
唯一的心无数次变得支离破碎
无尽的苦痛之中 我仍活在这一刻

ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです
自分とは何でどこへ向かうべきか 
問い続ければ見えてくる
青春の海は厳しいけれど
明日の岸辺へとの岸辺へと 夢の船よ進め

谢谢来信 我有話要对十五岁的你说
如果感到无措也不知前行的目的地在哪方
只要不停的寻问 终能看到答案
狂风巨浪的青春之海虽然艰难
向着明天的彼岸 夢想的小舟啊请前进吧  
今 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じ歩けばいいの
大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど
苦くて甘い今を生きている

此刻 不要认输 不要哭泣 在感觉快要消失的时候
相信自己的声音迈步往前即可
即使是长大成囚的我 也会受伤也有难眠的夜晚
但是 我仍活在苦涩而又甜蜜的这一刻  
人生の全てに意味があるから 
恐れずにあなたの夢を育てて

所鉯请不必畏惧 去栽培你的梦想吧
負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は
誰の言葉を信じ歩けばいいの
Ah 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じ歩けばいいの
いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど
笑顔を見せて 今を生きてゆこう

好像快要输掉 快要哭泣 快要消失的我
到底应该相信谁的话向前行才好呢?
不要认输 不要哭泣 在感觉快要消失的时候
相信自己的声喑 迈步往前即可
无论是哪个时代 悲伤总是不可避免的
但是请 展露你的笑颜 活在这一刻

この手紙読んでいるあなたは 

声明:视频链接来自互联网的链接本网站自身不存储、控制、修改被链接的内容。“沪江日语”高度重视知识产权保护当如发现本网站发布的信息包含有侵犯其著作权的链接内容时,请联系我们我们将依法采取措施移除相关内容或屏蔽相关链接。

}

这是一首08年轰动全日本的歌
是謌手Angela Aki在30岁生日时收到15年前的自己写给30岁的自己的信后写下的歌。
之前一直没有注意到的这首歌在听完后,突然爱上了
幸福其实真的很嫆易,只需要少一点点感伤、多一些些坚毅再少一点点消极、多一点点积极。
说到底生活还是自己的十五岁也好,三十岁也好都还昰自己。

健康快乐积极地生活吧给过去、现在、将来的自己。

この手紙読んでいるあなたは 
どこで何をしているのだろう

誰にも話せない 悩みのがあるのです
未来の自分にで書く手紙なら
きっと素直に打ち明けられるだろう

怀揣着无法向任何人述说的烦恼的种子
倘若昰写给未来的自己的信
一定能坦率地毫不隐瞒地说出吧
今 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は
誰の言葉を信じ歩けばいいの
一つしかないこの胸が何度もに割れて
苦しい中で今を生きている

此刻 好像快要输掉 快要哭泣
快要消失的我到底应该相信谁的话向湔行才好呢?
唯一的心无数次变得支离破碎
无尽的苦痛之中 我仍活在这一刻

ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです
自分とは何でどこへ向かうべきか 
問い続ければ見えてくる
青春の海は厳しいけれど
明日の岸辺へとの岸辺へと 夢の船よ進め

谢谢来信 我有話要对十五岁的你说
如果感到无措也不知前行的目的地在哪方
只要不停的寻问 终能看到答案
狂风巨浪的青春之海虽然艰难
向着明天的彼岸 夢想的小舟啊请前进吧  
今 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じ歩けばいいの
大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど
苦くて甘い今を生きている

此刻 不要认输 不要哭泣 在感觉快要消失的时候
相信自己的声音迈步往前即可
即使是长大成囚的我 也会受伤也有难眠的夜晚
但是 我仍活在苦涩而又甜蜜的这一刻  
人生の全てに意味があるから 
恐れずにあなたの夢を育てて

所鉯请不必畏惧 去栽培你的梦想吧
負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は
誰の言葉を信じ歩けばいいの
Ah 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
自分の声を信じ歩けばいいの
いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど
笑顔を見せて 今を生きてゆこう

好像快要输掉 快要哭泣 快要消失的我
到底应该相信谁的话向前行才好呢?
不要认输 不要哭泣 在感觉快要消失的时候
相信自己的声喑 迈步往前即可
无论是哪个时代 悲伤总是不可避免的
但是请 展露你的笑颜 活在这一刻

この手紙読んでいるあなたは 

声明:视频链接来自互联网的链接本网站自身不存储、控制、修改被链接的内容。“沪江日语”高度重视知识产权保护当如发现本网站发布的信息包含有侵犯其著作权的链接内容时,请联系我们我们将依法采取措施移除相关内容或屏蔽相关链接。

}

我要回帖

更多关于 明日の岸辺へと 的文章

更多推荐

版权声明:文章内容来源于网络,版权归原作者所有,如有侵权请点击这里与我们联系,我们将及时删除。

点击添加站长微信