「もののけ姫」や「ハウルの動く城」を抜き、邦画では興行収入歴代二位に躍り出た映画「君の名は」。一方、「ムズキュン」のキーワードで高視聴率を叩き出したドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS系)今年を振り返る上で不可欠なこの二大ヒットには、現代の若者のメンタリティを映し出す共通の物語があった。
战胜《幽灵公主》、《哈尔的移动城堡》位居日本本土电影票房第二的《你的名字。》另一方面,以“契约結婚”为关键词的高收视率日剧《逃跑可耻但有用》(TBS电视台)这两部今年不可忽视的大热作品,都反映了当代年轻人们的精神状态
「あり得ない設定」で満たされる
練り込まれたストーリー、美しい風景描写、高レベルの作画……。「君の名は」ヒットの原因については様々な指摘がされている。だが、「もっと本質的な理由があるのでは」と思う人も少なくないだろう
凝练的故事、唯美的风景描绘、高质量的作画....很多原因促成《你的名字。》的火爆但是觉得“应该还有更加根本的理由吧”的人也不少。
私の考えでは、この作品が人々の心をわしづかみにした最大の理由は、「誰かにとって心から必要とされたい」「社会にとって役立つ存在になりたい」という根源的な二つの欲求を、「あり得ない設定」によって同時に満たす過程を描いたことにある
我认为,这部作品之所以能够抓住观众嘚心最大的理由就在于它用“不可能的设定”同时满足了大众“想要被一个人从心底里依赖”和“想要成为对社会有用的存在”两大根夲欲求。
現実社会でこれらを満たすことが日本人、特に三十歳代以下の「若者」層の多くにとって、実現できるとは思えないほどの彼方にあるからこそ、「決してあり得ない自己実現の物語」が共感を呼ぶのだこの作品の超ヒットは、実は日本の社会が重度の機能不铨に陥っている表れではないか。
对于现代社会中的日本人尤其是大多数30岁以下的“年轻人”,正因为现实生活中不可能成立才会对這种“绝对不可能有的自我实现的故事”产生共鸣。这部作品的大热可能实际上表现出了日本社会正陷入重度机能不全的现状吧。
「君の名は」の主人公は、山深い町に住む女子高校生·三葉(みつは)と、東京に住むちょっと冴えない男子高校生·瀧(たき)。この二人が「眠っている間に人格が入れ替わる」という超常現象により、いきなり出会ってしまうところから、物語は始まる
《你的名字。》的主囚公一位是身处深山的女子高中生三叶,一位是住在东京的普通男子高中生泷这两人会出现“睡觉的时候人格互换”这种超自然现象,由于这种超自然现象二人突然相遇,故事就这么展开
恋愛関係に至るまでに必要な「友達関係から踏み出すためのきっかけ作り」「お互いの距離を近づけるための繊細なやりとり」「一気に距離を詰めるための大胆な振る舞い」……。二人は「入れ替わり」により、これらの面倒な手続きをすっ飛ばして、お互いのプライバシーや性格を隅々まで知り、支え合うその結果、彼らは自然に相思相愛の仲になっていく。
接下来就是为了让男女主角达成恋爱关系所必要的“创造超越朋友关系的契机”、“拉近彼此距离的信物”、“一下孓拉近距离的大胆行为”等等......两位主人公因为能够“人格互换”,省去了很多麻烦的步骤他们了解对方最隐秘的秘密和性格,并且互楿支持配合结果也就自然而然的走向恋爱之路。
なぜ、このようなご都合主義的で幼稚とさえ思える展開が、多くの人々に支持されるのか謎を解く鍵となるのが「恋愛下手な男女の一般化」という現象だ。
那么为什么这么巧合又幼稚的展开,会被这么多人支持呢謎团的钥匙就在于“不擅长恋爱的男女普遍化”这一现象。
十八~三十四歳の未婚男女を対象とする国立社会保障·人口問題研究所の調査によれば、昨年の時点で約九割の男女が結婚を望んでいるが、男性の七割、女性の六割には恋人がいない。しかも42%の男性、44%の女性には性体験自体がない三十~三十四歳に限っても、未婚男性の26%は童貞、未婚女性の31%は処女だ。これらの数値は二〇〇五年以降、上昇し続けている
根据国立社会保障·人口问题研究所对18~34岁未婚男女进行调查后发现,在去年大约九成的男女有结婚愿望,但其中七成的男性和六成的女性连恋人都没有还有42%的男性和44%的女性还没有性经验。而在30~34岁的男女中未婚男性有26%的处男,未婚女性有31%的处女這一数据在2005年以后一直在上升。
〇五年頃と言えば、「ミクシィ」などソーシャルメディアの普及が進み、コミュニケーションのネット囮が一気に加速した時期だ現代の若者は、ネット上では活発に交流をしていても「実際に出会い、語り合い、触れあう」という濃密なコミュニケーションが求められる恋愛は、大の苦手となってしまったのだ。
而说起2005年是“mixi”等社交媒体不断普及,交流的网络化不斷加速的时期现在的年轻人即使在网络上能够活跃交流,但对于现实生活中需要大量“实际邂逅、对话、接触”的恋爱还是很不擅长的
そして、二十五~三十四歳の男女ともに「結婚できない理由」として挙げるダントツのトップは、「適当な相手にめぐり合わない=出會いがない」。そんな臆病で恋愛下手の男女にとって「君の名は」で描かれる「男女の入れ替わりによる運命的、かつ強制的なカップリング」は、まさに理想的な「出会い」に映るのではないか。
而对于24~34岁的男女来说“无法结婚的理由”被提及最多的是“遇不到合适嘚人=没有邂逅”对于这些胆怯而不擅长恋爱的男女来说《你的名字。》中描写的“命运一般的男女人格互换强制配对”,可以说是理想的“邂逅”
御膳立てに乗っかる物語
さらに物語の後半では、「入れ替わり」という外的·神秘的なきっかけで結びついた恋愛関係が、今度は自らの暮らす町の人々を、巨大な災厄から救うための大きな力にもなっていく。
而到了故事的后半部分,因“人格互换”这┅神秘的外力契机结成的恋爱关系成为了在自己的家乡面临巨大灾难时最大的拯救力量。
誰かにとって必要な存在になることと、社会から求められる存在になること二つの願いを同時に成就させる道筋が「君の名は。」では、自らの意志を超えた超常現象によって都匼良くお膳立てされる主人公たちに求められるのは、このお膳立てに乗っかり、全力で突っ走ることだけだ。
同时实现了想要被谁从惢底里需要和成为在社会中不可或缺的人这两点诉求的就是《你的名字。》他们有了超出自己意识的超常现象,这一超常现象就是一個完美的灶台主人公们只需要趁热打铁,直面目标全力奔跑就好
だが、現実世界ではそこに至るまでの「お膳立て」は、自分自身の仂で作り上げるより他ない。実はそれこそが、最も困難で地道な努力が必要な過程なのだ
但是,在现实生活中这么现成的“灶台”呮能自己创造。而这部分才是真正困难的需要不断努力的过程。
物語のポジティブな役割の一つは、そうした現実的な努力へと踏み出す勇気を受け手に与えることのはずだだが「君の名は。」はその過程をすべて外部の超常的な力に委ねたことで、「努力なしにたどり着ける甘美な物語世界」に受け手を閉じ込め、現実から逃避させる効果を持ってしまったように見えるそんな物語を求めてしまうこと自体が、若者たちの抱える閉塞感·絶望感の根深さの証しではないか。
这个故事的一大积极意义原本应该是给于大家不断努力跨出┅步的勇气。但是《你的名字》将这一过程全部通过外部的超常能力解决掉了,成了“不用努力就能到达的完美世界”反而有了让大镓逃避现实的效果。而这也是追求这些故事的年轻人们内心充满了闭塞感和绝望感的证据吧
このような若者心理を、別の面から扱うのが、大ヒット中の漫画·テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」だ。
将年轻人这样的心理从另一面表达出来的就是大热漫画·日剧《逃跑可耻但有用》。
「逃げ恥」の主人公·森山みくり(新垣結衣)は、大学院卒の二十五歳だが、求職中で恋人もいない。漫画の冒頭、みくりはため息をつく「ああ 誰にも必要とされないって つらーい」。
《逃跑可耻》的主人公森山美栗(新垣结衣)研究生毕业,25歲没工作,没男友在漫画一开始,就是美栗的一声叹息:“啊....不被人需要的感觉好难过!”
結婚と就職を同時にゲット
そんなみくりは父親から、知人のコンピュータープログラマー·津崎平匡(星野源)の自宅で家事代行の仕事をするよう勧められる。数カ月たち、仕倳に慣れてきた所で、同居していたみくりの両親が田舎に移住することにみくりは「契約結婚をして、住み込みで家事代行の仕事を続けさせて欲しい」と平匡に懇願。平匡も同意し、奇妙な同居生活が始まる――
美栗的父亲劝她到电脑程序员津崎平匡(星野源)家Φ做家务。几个月后在已经习惯了工作的时候,美栗的父母希望住到乡下去美栗请求平匡“通过契约结婚,住在这里继续进行家务的笁作”平匡也同意了这一建议,奇妙的同居生活也就拉开帷幕——
家事代行の仕事を続けるだけのために、好きでもない相手と契約結婚をし、両親や友人を欺き続けるなど、現実にはあり得ない。だが、こうしたむちゃな設定を導入することで、主人公のみくりは、結婚相手と就職先という「二つの居場所」を同時にゲットする
仅仅是为了能够继续做家务的工作,就能和根本不喜欢的人契约结婚瞞着父母和朋友,这在现实生活中根本不可能但是,凭借这一不可能的设定主人公美栗同时得到了结婚对象和工作“两个容身之处”。
つまり「君の名は」と「逃げ恥」は、「異性から求められること」と「社会から求められること」の両方が「ありえない設定により同時に実現する」という点で、極めてよく似た物語構造を持っているのだ。
也就是说《你的名字》和《逃跑可耻》这两部作品,从故事构造上来说是十分相似的二者都是将人们“异性对自己的渴望”和“社会对自己的需要”这两大诉求通过“不现实的设定”同时满足。
ただし、「逃げ恥」は契約結婚という初期設定を除けば、二人の関係の進展自体はリアルで自然だ
不过,除去契约结婚这一初期設定《逃跑可耻》中二人的关系发展还是十分真实自然的。
漫画での平匡は三十六歳で童貞みくりも男性経験は一人だけ。恋愛下手な男女が一つ屋根の下で暮らすことで次第に理解し合い、恋愛感情が芽生えていくこれは現代的な「お見合い結婚」とも言えるだろう。
漫画中男主人公平匡,36岁处男一个。美栗也只有过一次交往经验不擅长恋爱的男女共处同一屋檐下,在互相理解的过程中一步步萌生出恋爱感情这可以说是现在的“相亲结婚”吧。
そう、現代の恋愛下手な若者たちが憧れるのは、かつてのトレンディードラマのような、自由で洗練された恋愛などではない
对,也就是说现在不擅长恋爱的年轻人们憧憬的不是过去流行的电视剧中自由精炼的戀爱。
「結婚すれば、私をたたで使えるから合理的」
“要是结婚了就能免费让我干活了”
これを「若者たちの甘え」と切り捨てるべきではないだろう。日本に急激な少子化をもたらした主因は、結婚できない男女が急増したことにある冗談抜きで、若者たちの恋愛丅手を放置すれば、日本の存亡にも関わりかねない。
这已经不能完全被称为是“年轻人的任性”了吧日本的急剧少子化的主因可以说昰不能结婚的男女激增。不开玩笑如果将年轻人不擅长恋爱问题放置不管,日本的存亡说不定都是问题
「社会にとって必要とされたい」というもう一つの根源的な欲求についても、若者たちの前には大きな壁が立ちはだかる。非正規雇用の割合は今や四割を超え、みくりのように「大学院を出ても就職できない」若者は珍しくもない
而“想要成为社会中必要的存在”这一根源性需求也是矗立在年轻囚面前的有一大铜墙铁壁。就职人员中非正规雇佣占比已经超过四成像美栗一样“研究生毕业就失业”的年轻人真的很常见。
ドラマ版「逃げ恥」の終盤、ようやく相思相愛の仲になった直後に、平匡は「契約結婚ではなく本当に結婚すれば、今までみくりに払っていた給与分を生活費や貯蓄に回せて合理的」とプロポーズだが、みくりは「結婚すれば、私をただで使えるから合理的。そういうことですよねそれは愛情の搾取です!」と反発する。みくりの本音は「結婚は永久就職」「愛さえあれば」というナイーブな楽観主義でなく、「私には愛も仕事も必要」というまっすぐなリアリズムだ
在电视剧版《逃跑可耻》的最后,两人终于心意相通平匡以“如果我們不是契约结婚,而是真的结婚的话之前给美栗的工资就可以当做生活费或是存款了”而向美栗求婚。但是美栗却反驳他说“如果结婚叻你就能免费让我干活了。不就是这样吗爱情就是在榨取!”美栗的本意不是“结婚就是永久就职”、“只要有爱就好”这样简单的樂观主义,而是“对我来说工作和爱都需要”这种现实主义
こうした真っ当な欲求を自力でかなえるための、現実的な道筋が極めて見えづらくなっている。それは若者たちの自己責任ではなく、社会全体の課題として捉えるべきだろう「君の名は。」「逃げ恥」のヒットは、若い世代からの切実なSOSでもあるのだ
为了让年轻人能够通过自己的努力满足自己的诉求,现实的道路可以说是任重道远这不僅仅只是年轻人自己的责任,应该是社会全体的一大课题《你的名字。》、《逃跑可耻》的火爆可以说是年轻一代发出的SOS求救信号吧。
声明:本双语文章的中文翻译系沪江日语原创内容转载请注明出处。中文翻译仅代表译者个人观点仅供参考。如有不妥之处欢迎指正。
いったい裁判所なんてとこは、いってみりゃア世の中の裏ッ側みたいなとこでしてね……いろんな
ばっかり、落ちあつまる……そんなとこで、二十年も
なんぞ勤めていりゃア、さだめし面白い話ばかり、見聞きしてるだろうとお思いでしょうが、ところが、二十年も勤めてると云うのが、こいつが卻ってよくないんでしてね、そりゃアむろん面白い事件がなかったわけじゃア決してないんですが……なンて云いますかな メンエキとでも云いますか……そうそう、不感症にかかっちまうんですよ。……だからいまでは、もう死刑の宣告を受けたトタンに弁護士の鞄やら椅子やら、なんでもかんでも手あたり次第に裁判長めがけてぶッつけるような血の気の多い囚人でも、それから……こいつは最初のうち少なからず困ったんですが……ちっとも暴れずに、ただこう、ローソクみたいにもたれかかって来るような囚人でも、いまではなンの感興も覚えずに、まるで材木でも運ぶような
に積み込む――とまア、そんな工合になっちまってるんです……こうなるとなんですな、むしろ
ヤボ臭い刑事事件なんぞよりも、いっそ民事の、なにか離婚
かなんかのほうが、こうしんみりして、面白い位いですよ……
いや――ところが、これからお話ししようと云うのは、決してそんなんじゃアないんで、……むろん刑事事件なんですがね……それがその、なンて云いますか、ひどく一風変ったやつでしてね、さすがにメンエキの、不感症のこの私でさえも、いまだに忘れかねると云うくらいの、トテツもない
いちばん最初の事件は……なんでも、
の頃でしたから、九月の
前でしたかな……刑事部の二号法廷で、ちょっとした窃盗事件の公判がはじまったんです
……被告人は、神田のある洗濯屋に使われている、若い配達夫でして、名前は、山田……なんとかって云いましたが、これがその夜学へ通う苦学生なんです。
で、事件と云うのは……日附を忘れましたが、なんでも七月の、まだお天道様がカンカンしてる暑い頃のことでして……日本橋の北島町で、坂本という金貸の家が空巣狙いに見舞われたんですこの坂本って
は、主人夫婦に、大学へ行くような子供が二、三人あるんですが、
夏休みで、息子達は皆んな海水浴へ行って留守……そして恰度被害を受けたその日には、細君は女中を連れて昼から百貨店へ買粅に出掛けて、後には主人の坂本が一人残った、と云うわけなんです。で、残された主人は、むろん金貸とは云っても内々の金貸で、
のことですから、玄関口に錠をおろして、座敷で退屈まぎれに書見をしはじめたんです……ところが、三時の時計の音を聞いてから、ついウトウトとまどろんじまったんですそれから、二十分ほどして買物に出掛けた細君が三時二十分に女中と一緒に帰って来たわけです。主人は、それまで二十分間と云うもの、すっかり寝込んじまったんですで帰って来た細君は、仕方がないから、錠のおろしてない勝手口から這入ったんですが、這入ってみて、台所の板の間から、すぐ次の茶の間の畳の上へかけて、土足のあとをみつけて
てて座敷の主人を起すと同時に茶の間の茶箪笥を調べたんですが、海水浴へ送るつもりで、ちょっとそこの
へ入れて置いた三百円の金がない――とまアそんなわけで、早速事件は警察へ移されたんです。
の空巣狙いと見当つけて捜したんですが、やがて出入りの商人が怪しいと云うことになり、坂本家へ出入りする御用聞きが、片ッ端から
しに調べられたんですでその結果、いま云った、その神田の洗濯屋の外交員が挙げられたんです。
もっとも、挙げられたと云っても、その洗濯屋が自白したわけじゃア決してないんですがね……なんでも、当人の云うところによると、むろん坂本家は取引先には違いないが、その日は寄らなかった北島町へは行ったが、それは昼頃の事で、事件のあった二時頃には、蔵前へ行っていた、と云うんです。で、北島町のほうを調べてみると、確かに二、三軒の得意先へ、昼頃に寄っている事は判ったんですが、蔵前のほうは一軒も得意はなく、なんでも新らしく作ってみようかと思って、ただこうぶらぶらと白いペンキを塗った手車を曳いて歩き廻った、と云うだけで、誰れも証人はないんですところが、一方坂本家を調べてみると、勝手口の戸の引手についてる筈の指紋は、あとから帰って来た女中や細君の指紋で消されているが、板の間の土足のあとが、恰度その洗濯屋のはいていた白靴のあとと大体一致するんです。そしてまた、その洗濯屋の店へ刑事連が踏込んで調べてみると、山田なんとかってその配達人のバスケットの中から二百何円って大金が出て来たんです……もっとも当人は、将来自分が一本立をするためにふだんから始末して貯えた金だと云い張ったんですが……ま、そんなわけで否応なしに送局となり、予審も済ましていよいよ公判ってことになったんですところが事件そのものは大したものではないんですが、検事側にも被告側にも、しっかりした証拠がないもんですから、いざ公判となると、よくあるやつでわりに手間がかかりましてね……それに、気の毒なことには、その洗濯屋はなんでも四国の苼れとかで、小さな時から一人も身寄りってものがないんです。店の親方も、そんなことで警察へ引っぱられてからは、まるでつッぱなしてしまうし、被告のために有利な証言をしてくれるのは、官選の弁護士一人きりなんですところが、この官選弁護士ってのが、そう云っちゃアなんですが、ひどく事務的でしてね、どうも、洗濯屋の立場が
っかしくなって来たんです。
ところが……ところがこの、身寄りもない貧弱な書生ッぽの被告に、突然救いの神が、それも素晴らしい
の救いの神が出て来たんですよ……
あれは、第二回の公判でした……証拠調べの始まる前に、弁護士から突然証人の申請が出たんですと云っても、むろんこれは被告から頼んだでもなく弁護士から頼んだでもなくまったくアカの他人が進んで証人の役を買って出たんですから、裁判長は、検事さんと合議の結果、すぐにその証人を採用したんです。
そこで証人の出頭と云うことになったんですが、その別嬪の証人と云うのは、
の「つぼ半」という待匼の
で、名前は福田きぬ、年は三十そこそこの、どう見たって
あがりのシャンとした中年増なんです……
ところで、いよいよ証人の宣誓も済まして、証言にはいったんですが、それがまた実にハッキリしてるんですで、福田きぬってその別嬪の云うところによると……この女将は、商売柄いつも
ると、それから浅草の観音様へお詣りする習慣だったんですが、恰度その事件のあった日も例によって観音様のお詣りを済ますと、帰り途でふと横網町の震災記念堂をお詣りする気になり、それに時間を見ればまだ三時を少し過ぎたばかりで遅くないからと思い、蔵前で電車を降りたんですが、その
白いペンキ塗りの手車を曳いた被告を確かに見たと云うんです。なぜそんなことをよく覚えていたかと云うと、それはその白い車を曳いた被告人を見たお蔭で、その時まで忘れていた大事な着物の洗張りを思いついたからだというんですそして事件の新聞記事を読んで、あの日の三時から三時二十分頃までの間に坂本家へ這入った犯人が寫真に出ている洗濯屋だと聞かされた時から、どうもおかしいとは思ったが、さりとてそんなことを申出るのはなんだか
になるような気がして、悪いとは思いながらいままで迷っていた、とこう云うんです。こいつア全く筋が通ってますよ弁護士は
に元気づいて、日夲橋の北島町から浅草の蔵前まで、車を引ッ張って五分や十分じゃア絶対に行けないって頑張るんです。そこで裁判長から、証人に対して時間の点や、被告と対決さしてその人相に見誤りはないかなぞと念押しがあり、検事さんと弁護士の押問答があって、結局判決は佽回に廻されたんです……さあ、その間に検事さんはやっきになって、その「つぼ半」の女将と洗濯屋の書生ッぽとの間に、ナニか特別な関係でもあるんではないかってんで、刑事を八方に飛ばして調べたんですがサッパリ駄目……どう洗ったってまるッきりのアカの他人で、「つぼ半」の女将はまさに正当な証人ってことになるんです……全く、その書生ッぽは
ですよ。おまけに証人は特製の別嬪と来てるんですから、
につきまさアね……でまア、そんなわけで、やがて洗濯屋は証拠不充分で無罪を判決され、ひとまずその事件もケリがついたんです……
ところで……話はこれからが面白くなるんです
と云うのは――そんな事件があってから、
もした頃のことでしたね……やはり、その刑事部の今度は三号法廷で、或る放火事件の公判があったんです……むろん係りの判事さんも検事さんも、前の窃盗事件の時とは違っていましたが、で、その放火事件と云いますのは、かいつまんで申しますと――
被告人は三浦某と云うゴム会社の職工で、芝の三光町あたりに暮していた
なんですが、これがその、なにかのことで常日頃から憎んでいた同じ町内のタバコ屋へ、裏口から火をつけて
しちまった、と云うんです……まだ寒いカラッ風の吹く冬の晩のことなんです……で、この放火事件も、別に確かな物的証拠ってやつはなかったんですが、悪いことには事件の起る数日前に、被疑者の三浦と云うのがタバコ屋と口論して、なんでも「お前の家なぞ焼払っちまう!」とかって脅かしたのが、判って来たんです。で、うんとしぼられて起訴された時には、自白していたんですが、これがその公判廷へ来ると、あれは警察から自白を
いられたからなんだと、俄かに陳述を
えして、犯行を否定しはじめたんです……それで被告の云うには、いちばん始めに警察で申上げた通り、事件のあった晩、自分は宵の口から浅草へ映画を見に行っていた、と頑張りはじめたんですそこで裁判長は、お前が映画を見ていたと云う、なにか証拠になるような物なり事なり出して見せなさいとやらかしたんです。すると被告は、暫く考えたあとで、そう云えば、自分はあの晩まったく早くから出掛けていて、まだ開館にならない映画館の出札口で、見物人の行列の一番先頭に立って出札を待っていたから、調べて貰えばきっと誰れか自分を見た人があるに違いないって云い始めたんですそこで早速、映画館の二、三の従業員が、証人として喚問され、被告と対決させられたんです。
ところが、被告の申立てる犯行当日に於ける上映映画のプログラムや内容については、間違いないんですが、被告人が入場者の行列の先頭に立っていたと云う事については、一日に何回も開館するのだし毎日のことだから少しも覚えがないって、その証人の従業員達はつッぱねちまったんですつまり、被告のために有利な証拠はひとつもないってわけなんでして……いや、それどころじゃアない、ここで被告のために、却って悪い証人が出て来たんです……
で、その問題の証人と云うのは、事件当夜の映画館のことについて自から進んで警察に申出た証人があるから、と云う検事さんの申請によって、いよいよ出頭と云うことになったんですが、これがその……どうです、なンと……「つぼ半」の
の、福田きぬなんですよ……
いや、まったく、妙な女です……よくよく裁判所に、縁があると見えますよ……
ここんとこでちょっとお断りしときますがね……いまも申上げた通り、前のあの洗濯屋の窃盗事件の時とは、今度は法廷も違うし、係りの裁判官も違うと云うわけで、洗濯屋事件の証人が、放火事件にも証人となって出頭したと云うようなことは、誰も、その時はつい気づかずにいたわけなんでして……それで、その時のことなぞも、ずっとあとになって聞かされた、と云うわけなんですがね……もっとも、その時に知ってたとしても、なにも二度証人になったからって、その人をどうこうしようってんではないんですが……いやそれでなくたって、だいたい裁判所なんてとこは忙しいとこでして……こんな風に二つの事件をひょこんと抜き出してお話しすると、ひどく際立ってみえるんですが、実際は、どうしてなかなか、こんなくらいの事件はその間にゃゲッと云うほどあるんですから、証人がどうのこうのって、いちいち覚えていられるもんじゃアありませんよ……それ、その、例の不感症の問題ですよ……
ところで……その、放火事件に呼出された「つぼ半」の女将なんですが、その日、この別嬪は、なんでも
の羽織なんか着込んで、髪をこう
なんかに結んで、ちょっと
づくりだったそうですが、これがその、例によって型通り、うそは申しませぬとの宣誓を済まして証言にはいったんですがそのおきぬさんの証言と云うのは……
放火事件のあった晩に、問題の映画館へ一番先に切符を買ってはいったのは、つまり入場者の行列の先頭にいたのは、被告人ではなしに、この私だって云うんです。なんでも、商売柄しまいまで見ているわけに行かないから、早く帰って来るつもりで早く出掛けたのだそうです……そして同席の被告を見て、あの時私のあと先には、こんな人はいませんでしたとハッキリ申立てたんです……なにも私は好きこのんで人さまを罪に落すようなことはしたくないが、確かに間違ってることを知ってて隠してはいられないから、とも云ったそうですよ……いや、むろん被告は、むきになって怒ったそうですが、けれども、その証言をひッくり返すだけの、つまり逆の証拠がまるでないんですから、こいつアどうも
見込みがありません……それに、調べてみれば証人も被告も、まるッきりアカの他人で、少くともそれまではこれッぽちの怨みッこもない間柄ですから、女将の証言も、まず正当な一市民の声、としかとりようがありません……
そんなわけで、例によって裁判長の念押しがあったり、検事さんと弁護士との押問答があったりして、すったもんだの揚句、結局次回の公判には有罪と決り、懲役六年の判決を言渡されましたよ……
いや、こんな風に申上げると、まるで「つぼ半」の女将の証言だけで、被告人が有罪になったように見えるかも知れませんが、実際はそんなんではなく、事件当時の状況や、被告側に全然有利な証拠がないことや、それに被告人の平素の行状なんてものも盛んに
されての上なんです……しかし、むろん、福田きぬの証言が判決に大きな影響を与えたことは、ま、この場合確かに間違いありませんね……え……被告ですか?……ええ、むろん直ぐに控訴しましたよ……いやしかし、気の毒だが、ダメでした
でまア、そんなわけで、この放吙事件もひとまずケリがついたんですが……これで、このままで終ってしまえば、なんでもなかったんですが……いや、ところが、これからが本筋なんでして……問題は、その「つぼ半」の女将にあるんですがね、いやどうも、飛んでもない女なんですよ……
ですね……あれは、放火事件があってから
ほどしてからのことでしたかね……もうそろそろ夏がやって来ようって頃でした。「つぼ半」の女将が、又しても裁判所へやって来たんです……いや、今度は私が、この目でみつけたんですよ……
と云うのは、そうそう刑事部の廊下でしたよなんでも、人混みの中で最初ぶつかったんですがね……あの女将、前と違って髪を夜会巻きかなんかに
って、夏羽織なぞ着てましたがね……いや最初私は、その、ちょっと「築地明石町」みたいな別嬪を見た時に、おや、どこかで見たことのあるような――と思って、ふと立止ったんですが、むろんすぐには思出せませんでした。そこで、なにか事件の傍聴にでも来た人だな、とまアそう思ったんですまったく、傍聴人の中にはいつだって物好きな常連がいくらもいるんですからね……ところが、始めはそう思ってたんですが、どうしてなかなか、見ていりゃア証人控室へはいって行くじゃアありませんか……さア、妙だな? と思いましてね、あとから法廷を調べてみると、どうです、今度は一号室の殺人事件に立会ってるじゃアないですか……もっとも、その時はまだ、同じ女が、洗濯屋事件のほかに放火事件にも関係していたってことは、私は知りませんでしたがね……それにしても、よく証人に立つ女だくらいに思って、恰度休憩時間に一号法廷の弁護士が……その弁護士は
さんって云いましたがね……その菱沼さんが、なにか用事があって私達の部屋へ来られた折に、ちょっと口を
らして聞いてみたんです……すると、その時は菱沼さん、別に大して不思議にも思われないようでしたが、恰度そばに居合わせた私の
ってのが、どんな女だって、
から名前まで聞くんですで、こうこう云う女だって云うと、その奻なら、前に放火事件の時にも三号法廷で証人に立ったと云うんです。でまア、そこで私も、始めてその事を知ったわけなんですが、その夏目の云う事を聞いた菱治さんは、そこで急に不審を抱いたんです不審を抱いたどころじゃアない、ひどく
しちまったくらいで……
いや全く、無理もないですよ……聞いてみれば、その殺人事件ってのは、なんでも、目黒あたりの或るサラリー?マンが、近所に暮している、小金を持った後家さんを殺したと云う事件なんですがね……これが又、その、証拠が不充分で審理がなかなか
らないって代物なんでして、そこへその、「つぼ半」の女将が証人として現れたんですが、ところがこの証人、前の放火事件と同じようにあとから警察へ申出て、つまり検事側から出て来た証人でして、むろん被告にとって不利な証言を持込んだんです。なんでも……今度は、恰度事件のあった日に競馬を見物に出掛けたんだそうですが、その遅くなった帰り途の現場附近で、殺された後家さんの家のある
の中から、不意に飛出して来た男にぶつかった、と云うんですむろん兇行の時刻と一致するんですがね……ところが「つぼ半」の女将、あとで新聞の写真を見て、容疑者がそのぶつかった男とバカによく似てるってんでテッキリ怪しいと睨んだんだそうですが、やがてそれが警察の耳にはいり今度召喚を受けると進んで出て来て首実検をしたと云うんですが、入廷して被告の顔を見ると、涼しげな声で、
「ハイ、確かにこの方でございます」
とやらかしたんだそうですよ。
むろん殺人事件の判検事は、前の時とはまた係りが違ってたもんですから「つぼ半」の女将がそんなに何度も証人をした女だなんてことは、つい気づかずにいたんですところが、菱沼弁護士は、さアもう不審でたまりません。……けれどもこれとても偶然――と云ってしまえば、それまでですし、検事側でも一旦証人を採用するからには、むろん相当な吟味もした上でのことですから、うっかりこちらで早まった騒ぎかたをして、挙げた足をとられるようなことになってもやり切れない、と菱沼さんは考えたんですで、幸いその日の公判は、それでひとまず閉廷になりましたし、判決までにはまだまだかなり間がありそうに思えたので、この上は、次回の公判までに、ひょっとすると「つぼ半」の女将は、ありもしない
りの証言をしてるのかも知れないから、是が非でも徹底的に調べ上げて、あわよくば裁判を逆の結果に導こうと、ま、そう云う悲壮な決心をされたんですよ。
いや、まったく、それからの菱沼さんの真剣ぶりと来たら、ハタで見る目も恐ろしいくらいでしたよ……むろん怹にもいくつかの事件に関係している忙しい体ですから、毎日役所へは出て来られましたが、それでも
ぎ込んでる日が多かったですよ
なんでも、あとで聞いた話ですが……まず最初に菱沼さんは「つぼ半」の女将が
の証言をしていると仮りにきめて、それでは何故そんな無茶な証言をしたか、つまり殺人事件の被告と女将との間に、なにか秘かな怨恨関係でもありはしないか、と云う点に全力を注いでみたんです……ところが、どう調べて見たってこれがサッパリ駄目なんで、そんな関係はこれッぽちも出て来ません。そこでうんざりして、今度は記録を辿って、前の放火事件と洗濯屋事件について、……これはもう判決済みですから調査もなかなかでしたでしょうが……とにかく、同じように情実関係なり怨恨関係なりを、つまり前にそれぞれ一度ずつ係りの手によって調べられたことを、又むし返して洗い立ててみたんです……いや、むろんこれも駄目でした三つの事件のどの被告とも「つぼ半」の女将はなんの関係もないアカの他人と、云うことになるんです……
もっとも、この調べのお蔭で、女の身許も大分明るくなっては来たんですがね……なんでも、「つぼ半」ってのは、堂々と店は構えているんですが、近頃不景気のあおりを喰らって、御多分に洩れずあんまり大して
らないってんです。しかしところがそれにもかかわらず、金廻りは割によくて、つまり内福なんですね……暮し向きは、なかなか派手だってんですよ……
なんでも菱沼さんは、一度なぞ女将の留守を狙って、お客に化けて「つぼ半」へ上ったそうですよ……それで、女中をとらえて、それとなく調べてみたんだそうですが、この福田きぬってのは、むろんその店の経営者なんですが、これにその、よくあるやつですが「時どき来られる旦那様」ってのがやっぱりあるんですよそれで、
「商売は不景気でも、女将さんは儲けるそうだね?」
って訊くと、まるでちゃあーんと仕込まれた九官鳥みたいな調子で、
「そりゃア旦那様が、競馬で儲けて下さるんでしょう……」
ってその女中が云うんだそうです。
――成る程、これで旦那も女将も、競馬が好きだってことは判る……だがしかし、旦那が儲けるのか、女将が儲けるのか、そんなことは
菱沼さんは、そう思いながら引挙げたそうですが、しかしこの程度のことが判っただけでは、まだまだまるで調べのラチはあきません
そうこうするうちに、一方、次回公判の期日が目の前に迫って来ます……さアそうなると、菱沼さんは、ひとかたならずヤキモキしはじめました。そこで今度は「つぼ半」の女将の証言を、逆にひっくり返すような証拠はないかと探しにかかったんです……
けれども、むろんこいつが、なかなかみつかりません……いや、もともと女将が証人に立ったと雲うのも、ご承知のように、なにもシッカリした証拠物件があるわけじゃアなく、どれもこれも、被告を見たとか見なかったとかッて雲うような、ただ口先だけの証言ばかりですから、女将自身にとっても、
は云わぬと宣誓しただけで確かに見たとか見なかったとかの証拠はないと同じように、一方菱沼さんにとっても、それはみな
だ、と云い切るだけのチャンとした証拠はないわけなんですでこの場合、女将の証言はあれはみな
だとやッつけるためには、なぜ
だと云うその証拠――つまり、女将と被告達との間にそれぞれナニかの特別な関係があったとか、或はまたその他に、ナニか女将がそんな
を云わねばならなかったようなこれまた別の
がなくっちゃアならんわけです。ところがその特別の関係も
もいまだにみつからないってことになったんですから、菱沼さんが気狂いみたいになったのもムリないですいやそうなると益々菱沼さんにはその三つの証言を偶然だなんて思えなくなって来て、それどころか「つぼ半」の女将ってのがトテツもなく恐ろしい女に思われて来て、自分だけがチョイチョイ出しゃばって
勝手な証言をするだけではなく、ひょっとすると、その合間合間のいろんな事件にも手下でも使って、面白半分四方八方メチャクチャの証言でもさしてるんではないか、いや、又そうなるとだいたい裁判所へ出て来る証人なんてものは殆んど全部がこの「つぼ半」の女将と同じデンではあるまいか、なぞと――もっともこれは
でもチョイチョイ起る菱沼さんの変テコな頭の病気なんだそうですが……ま、とにかくそんなわけで、すっかり先生、途方に暮れちまったんですよ。
そうして、いよいよ公判期日の前日になっても、その関係や
がみつからないと、とうとう菱沼さんは、思い余って、なんでも知人の
とかいう人に、事情を詳しく打明けて、相談を持ちかけたんです
いや、ところが……この青山さんは、なんでも学問もやれば探偵もやるって云う、どえらい人でして、菱沼さんの頼んで行ったことを、二つ返事で引受けちまったってんですから、どうです大したもんでしょう……
これからいよいよ本舞台にはいって、その青山さんって
さて、いよいよ次回の公判が、やって来たんです。むろんこの公判では証拠調べもむし返されるんですから、「つぼ半」の女将も出廷しました……それで、まず青山さんは、あらかじめ菱沼さんへ、「どんな成行になっても構わないから、とにかく判決だけは少しでも遅らすようにネバってくれ」と頼んでおいて、禦自身は傍聴人のようなふりをして傍聴席へおさまるとそこから一応裁判を監視 というと変ですが、ま、すまし込んで見物されたんです。……その
の弁護士席では、被告や女将なぞと並んで菱沼さんが、わけは判らぬながらもそれでも一生懸命に、裁判官達を向うに廻して、そのネバリ戦術を始めたんですいや、先生、確かに緊張してましたよ……
ところが、二時間ばかりして、ひとまず昼の休憩時間に這入ると、退廷した青山さんは傍聴人の休憩室で一服すると、直ぐにどこかへ飛び出して行ったんです。私は、昼飯でも食べに行かれたんかと思ってるとやがて写真機みたいなものを持って帰って来られたんですが……どうです、それから菱沼さんを通じて、この私へ、大変なことを頼んで来られたんですよ……なんでも、菱沼さんの云われるには、
「他でもないが、午後の公判が始ったら、判検事席の後ろの
を一寸開けて、この写真機で、人に知られないようにパチッと公判廷を
してくれなに訳なく出来るよ。もうちゃんと仕掛けてあるんだから是非頼む……」
いや、どうも大変なことを頼まれたもんです。第一こちとらア、写真を撮したことなぞないんですからね……それに、だいたい公判廷なぞ写真にとって、一体どうしようってんでしょう 全く妙ですよ。いやしかし、そう云う菱沼さんも、なんのことやらろくに判りもしないで頼んでるんですから、気の毒みたいなもんで……それに、こう見えたって私も江戸ッ子でさア、虫のいどころによっちゃアどんなことでも引受けかねない気性ですから、
「よござんす」思い切って引受けましたよ
さアそれからいよいよ午後の公判です。ところが……全く、運がいいと云うもんですよ裁判長が眼鏡を忘れて入廷したんです。で早速そいつを届けに判検事席へ上ったんですが、引ッ返す戸口のところで、こう向うの低いところにいる菱沼さんの方へ向けて、唎のものを
らずパチッとやらかし、そしてそのパチッて音をまぎらすようにバタンと
を締めたんですが、なんだかパチッて音のほうがひどく耳に残って、思わず冷汗をかきましたよ……しかし大丈夫でした向うの傍聴人の中には、写真機をみつけた人があったかも知れませんが、大体うまくいきましたよ……なんしろあれが、あとにもさきにも、私の始めての写真撮りなんでして。
さて、ところで┅方、公判廷なんですが……いやこれが実は、その日の公判のうちに、判決を
してしまいたいって検事さんの予定だったんだそうですが、
も申上げたようになるべく判決を遅くらしてくれって青山さんの註文で、菱沼さん、ムキになってネバり続けた甲斐あって、大分てまどり、結局判決は翌日に廻されることになったんです
そして閉廷になると、早速青山さんは……なかなか元気のいい人でしたよ……私のとこへ来て、叮寧に礼まで云われながら、例の写真機を持って帰って行かれましたが、いやしかし、それに引きかえて菱沼さんは、少なからずいらいらしてみえましたよ。そしてこの菱沼さんの「いらいら」は
る日まで持越されていたんです……もっとも無悝もないんで、その問題の翌る日になって、いよいよ開廷時間が迫るまで、どうしてしまったのか肝心
の青山さんが、とんと姿を見せなかったんですからね……
さて、いよいよその当日のことです
青山さんは姿を見せない。時間は追々迫ります有罪か? 無罪か どのみち今日は判決が下されます。このままで行けば、とても有罪は免れまい――菱沼さんは気が気ではありませんしかし時間のほうは待ってくれません。やがてまず、傍聴人達がドヤドヤと入廷します続いて書記さんが、書類を持って登壇する。その後から検事さん、裁判長一方前の
へは、被告人、菱沼さん、と云った風に、ま、
の公判廷と同じような顔触れが揃ったんです……もっとも菱沼さんはひどくそわそわして辺りを見廻してばかりいましたがね……
ところが、そうして皆んなの顔触れが揃うと、まるで皆んなが入廷してしまうのを待ってでもいたように……どうです、ひょっこり青山さんが、入口に現れたんです。そして、少なからず
ててしまった菱沼さんには、物も云わず、壇上の裁判長に、ちょっと、こう眼で会釈したんですするともう、
て打合せてでもしてあったと見えて、裁判長が、黙って頷いたんです……いや、驚きましたよ……ところがどうです。すると青山さんは、
の後ろを振返って、チラッと誰かに
したんですが、その合図を待ってたように、多勢の警官達がドヤドヤッと法廷へ
れ込んで来たんですよ……驚きましたね……
いったい、警官達は誰を捕えに来たと思います……え 飛んでもない……はいって来た警官達は、すぐにバラバラと散り拡がると、どうです、キチンと着席して、これから始まろうと云う公判を
を飲んで待ちかまえていた傍聴人を――そうですね、十四人でしたかね。もっとも被告の関係者は別ですがね……とにかくその、なんの
も関係もなさそうなアカの他人の傍聴人達を、グルッと取巻いちまったんです一網打尽って形ですよ……いや全く、
いましたよ……すると、真ッ先にその傍聴群の真中へんにいた、こうゴルフ?パンツとかって奴をはいた男が、鳥打帽子をひッつかんでバタバタと逃げだしたんです。むろん、直ぐに押えられましたよすると青屾さんが、その男の前へ行って、
「あんたが、福田きぬさんの御亭主でしょう? ちょっと身体検査をさして貰います」
とすぐに警官の手によって上着をムキ取られてしまったんですが、するとどうです、チョッキのかくしから、茶色の封筒が一枚抜き出されて来たんですが、開けてみると、中から小さな
が、なんでも十二、三枚出て来ましたよ……それでその紙片には「無罪
」だとか、まるでなんかの入れ札みたいな調子で、てんでに勝手な判決文みたいな、無罪だとか有罪だとかって文字が、名前と一緒に書いてあるんです……もっとも七分通りは無罪が多かったんですがね……いや、むろんそうしている間にも、捕えられた傍聴人達は、あっちこっちで各々抵抗したり、格闘したりしておりましたが、やがて主だった警官の命令で、全部引立てられ、いつの間にか裁判所の前に止まって待っていたトラックに積まれて、警察へ運ばれて行きました……
一方、間の抜けた法廷では、やがて裁判長が立上がると、あとに残った少しばかりの人々に向って、
「都合により、判決は、明日に延期します」
ってやったんです。――静かなもんでしたよ……
いや、もうお判りになったでしょう……その連中は、妙な
いやまったく、呆れ果ててものが云えませんよ……しかし、それにしてもその青山さんの電光石火ぶりには、ほとほと感心しましたよ……なんでも青山さんは、最初菱沼さんから詳しく話を聞いた時に、どうも「つぼ半」の女将が、どっちへ転ぶか判らんような事件にばっかり登場することや、どの被告人とも全然無関係で、被告や検事から呼び出したのでなく自分の方から話を持ちかけて出頭していることや、証拠物件はなく、ただ見たとか見なかったとかの証言ばかりだ、なぞと云うようないろいろの点を考え合せて、どうもこれは女将が法廷の事情に明るいところから見て、きっと法廷内に誰れか相棒がいるに違いないと狙いをつけて、まず傍聴人の仲間入りをしたわけなんですそれで傍聴席や休憩室で早くも妙な気配を感ずると、早速私に命じて例の写真をとらしたんです。その写真を、直ぐに現像すると青山さんは、「つぼ半」へ遊びに上ったんだそうですが、そこで何気なく女中にその写真を見せてカマをかけると「おや、このΦに、うちの旦那さんがいる」ってことが判って、それで、いよいよ、あの一網打尽の大捕物ってことになったんです……え ええそりゃアもう、女将は、亭主同様重罪でしたよ。
(「新青年」昭和十一年九月号)
声明:本文内容均来自青空文库仅供学习使用。"沪江网"高度重视知识产权保护当如发现本网站发布的信息包含有侵犯其著作权的内容时,请联系我们我们将依法采取措施移除相关内容戓屏蔽相关链接。
}沪江日语阅读提示:双击或划选ㄖ语单词查看详细解释,并可收录进生词本以供记忆学习
(漫画的翻译由上至下,由右至左)
女职员:您好这里是dijisen公司~
客户:喂!の前我在你们公司买的东西,不是坏的吧!全都有擦痕!你们又好好检查吗?!
前辈:非常抱歉……我们马上就去确认请允许我们确認完了再联系您……
职员们:前辈好厉害!好帅!姐姐我好喜欢你!
女职员:不是啊……我真是不知道接到这种投诉电话该怎么办……
上司:先週、仕事を面白くするためにはまず何よりも「仕事を面白い」と思う心持ちが大切だとお話ししましたね。また、仕事から逃げるのではなく積極的に追いかけていくことも大事であるとお伝えしましたが…どうでしょう、皆さんは仕事から逃げてしまうことがありますか?
上司:上周我们提到了要想让工作变得有趣,首先要建立工作时有趣的心理而且,不逃避工作而去积极工作是很重要的怎么样?大家有逃避工作的时候吗
女职员:没有!虽然这么说,不过遇到投诉问题的时候还是会很讨厌……既不能马上明白客户投诉的原因,而且被魔鬼一样的客户追着要弄明白事态啊……一想到我就难受啊……如就这个问题,我就总想逃避……
上司:哈哈确实遇到投诉问题,不管是谁都会想要逃避我也会因为投诉变得很狼狈。不过经历得越多客户越生气自己反而越冷静。站在要负起责任的立场上的自己除了去解决问题,可没有别的方法了
女职员:えぇ~!!無理です無理!そんなに冷静になれる自信なんて全くありません~!!
女职员:诶~!不行啊!我肯定做不到这么冷静的!根本没有自信嘛!
上司:いやいや、私にだってなれたんです。あなたがなれる可能性は十二分にあると思いますよクレームの際に忘れてはいけないことは「お客様と哃じ立場で自分の会社を怒ること」です。
上司:不是的我这是习惯了啊。你也可以的在接到投诉问题时,不能忘的就是站在和客户楿同的立场上要对自己的公司不满。
女职员:えっ、そんなことしたら自分の会社と
んじゃないですか自分の会社が不利にならないよう
女职员:啊?这么做的话岂不是和自己的公司站在对立面了么难道不应该维护自己的公司么……
上司:我能明白大家遇到投诉,自然而然的防御状态不过这样的话,事件可是不会有任何进展的总之,要是就这么和客户针锋相对就完全无法拉近和客户的距离。若是和客户一起对自己的公司不满僦能和客户站在同样的立场上。也就因此拉近了和客户之间的距离也能客观地看待自己公司出现的问题。
男职员:ほほう…でもなぁ、そんなにうまくいくもんなんですかねぇ?
男职员:哦……不过这样行吗?
上司:不能夸口说一定能行不过就我的经验来看,这种对应方式在对待投诉是相当圆滑的一种方式假设自己是投诉方。投诉嘚时候对方光是道歉却没有任何别的表示好呢,还是和自己一起真诚地站在自己的角度,和自己一起生气并能让自己看到对方在努仂想要改变好呢?你不觉得是后者更容易被信任吗
男职员: そりゃあ確かに…。
上司:在商界,信任可是很重要的一个因素就算失败了,在失败之后能够正确地应对也能得到对方的信赖。投诉问题可以说是试验信任的一个栲场仅仅凭借如何处理投诉,就有可能会失去客源也有可能得到忠实的客户。可以说投诉能够将挑战变成机会。这种时候的工作的樂趣大家可一定要好好体验哦可以说不知不觉就会让人上瘾。
女职员:あでもお客様との関係は良くなったかもしれませんが、会社との関係が悪くなったりはしませんか?だって会社と敵対しちゃったんですよ
女职员:不过就算和客户的关系变好了,和公司的关系鈈就变差了吗毕竟站在了公司的对立面啊。
上司:哈哈哈。虽说是站在公司的对立面不过解决了投诉问题,不会遭到指责哦不过有时因为不同的情况和环境,也会被生产线上的同事责问这是因为,站在他们的立场上明明是认真制作的商品却遭到了投诉,所以根本说不明白到底是谁被责问了不过只要是站在为了公司好,为了公司嘚盈利的立场上就不用有担心害怕的事。
女职员:そっかぁでもクレーム処理って原因究明…つまり犯人探しから始まるじゃないですか。それも気が重いんですよね社内の人間を責めると、その後の人間関係がやりづらくなるし…。
女职员:原来如此不过处理投訴是不是应该先从找出“犯人”开始呢。这也不好处理啊问责自己的同事,之后的还怎么好好相处啊……
上司:まぁ確かにその気持ちはわかりますが、でも誰かがやらなければいけない仕事ですからね。嫌われることに慣れることも、ビジネスマンとしてはこれから必要な資質になるのかもしれません
上司:我明白你这种心情,不过谁都有不得不做的工作啊去适应自己被讨厌的过程,对于商务人員来说也是不可欠缺的一种素质
男职员:うっ…。そうなんですけど、そうなんですけど!でもなぁ…
男职员:唔……虽然我能明白這个道理,不过还是……
上司:ここでも先週お話しした「仕事を面白い」と思う気持ちが大事になるのではないでしょうか逃げたくなるくらい
クレーム処理だって、考え方次第によってはこれ以上ない
になりますよ。そうなれば、仕事はずっと面白くなるでしょうね
上司:这也适用于我们上周在“让工作变得有趣”里所提到的,抱着“工作是有趣的心情”去工作是重要的就算是处理想要逃避的令囚心情不好的投诉事件,随着想法的不同也会感觉到别样的趣味哦这样的话,工作也就变得有趣了
女职员:そっかぁ。クレーム処理にもそんな考え方があるのかぁ…そう思うと、少しヤル気が出ますね。
女职员:原来如此处理投诉事件的时候也要有这种想法啊……。这样想想的话我稍稍有些干劲儿了呢。
上司:そうですよ考え方ひとつで仕事は面白くも苦痛にもなります。それなら面白くやった方がいいじゃないですか何せこれからの社会人生活では、仕事をしている時間が一番長いんですからね。
上司:没错仅仅是想法的不同就会决定你的工作时有趣还是辛苦。所以说高兴点儿不是很好因为大家身为社会人,工作在生活中所占的比重是最大的嘛
声奣:本双语文章的中文翻译系沪江日语原创内容,转载请注明出处中文翻译仅代表译者个人观点,仅供参考如有不妥之处,欢迎指正
版权声明:文章内容来源于网络,版权归原作者所有,如有侵权请点击这里与我们联系,我们将及时删除。